| 車を降りるとき、店長さんは眼鏡を掛ける。 「あれ?目が悪いんスか?」 だったら、普通は逆のような...運転する時こそ眼鏡を掛けなきゃいけないんじゃないかな? 「ふんっ。伊達よ」 そう言って颯爽と歩き出す。 オレは慌てて彼女の後をついて歩いた。 「黄瀬!何やってんだ!!」 寮の扉を開けた玄関先で笠松先輩に早速怒鳴られた。 「スマッセン!」 寮の門限を破ることはすなわち部活への参加の禁止というペナルティがつく。 バスケ部のエースのオレがそれを食らうってことは結構拙いことで。 「寮監はいるかしら。悪いけど、呼んで来てくれる?」 オレの前に立っていた店長さんが言う。 ていうか、こんな声も出るの?いつものけだるそうなしゃべり方でもなければ、営業する時の裏声に近い高い声でもない。落ち着いた、でも迫力のある声。 「あ、えと」 女の人が苦手な笠松先輩が答えを言い淀んでいると奥から寮監がやってきた。 「黄瀬、門限はとっくに過ぎて...」 オレに声をかけていた寮監が言葉に詰まる。 「理事?!」 「黄瀬君は私が借りました。少し、事情を説明したいのですが?」 そう言った店長さんを寮監は慌てて案内する。 「黄瀬君も」 と店長さんが言い、「あ、はい」とオレは慌てて続いた。 ちゃんと設定を頭に入れとかなきゃ。 寮の応接室に案内された。 寮監と店長さんは向かい合って座り、そしてオレは店長さんの後ろに立っていた。 「さて、今回の黄瀬の規則違反をご説明していただけるということですね」 何だろう、寮監が凄く緊張しているように見える。少し居丈高なのは、それを隠すためかな? 「実は、私、いくつか店舗を経営しているんです」 「存じています。小さなものから大きなものまで。インターネットショップもされていると伺ったこともあります」 「そうですか。でしたら話が速いですね」 そう言って店長さんは話し始める。 今日が棚卸の日だったこと。 オレが従業員の知り合いだったため、手伝いを頼んだこと。 一通り片付いたから、店長はいったん家に帰り、オレは店員さんと夕食を食べに出ていたこと。 店員さんが店に忘れ物をしたからオレがついて行ったら店が強盗に荒らされていた。 一旦避難して店長さんに連絡を入れて警察を待って事情聴取と現場検証を受けたこと。 そのために寮へ帰る時間が遅れたこと。 詳細を色々省いて、大まかに真実を言っている。 たぶん、オレがぼろを出す確率を落とすためだと思うけど... 「なぜ黄瀬を?」 って、話になるよね。確かに、そう思うよね。 オレが思いついている指摘されるであろう内容は、もちろん店長さんにだって思いついていることで。 寮監の質問に対してことごとくそれらしい言葉が返っている。 正直、オレ、もうそろそろ覚えらんないんだけど... 暫く寮監と店長さんの問答が続いた。 やがて、寮監がため息を吐く。一旦休憩を入れたいのだろうか。オレとしては、無罪放免でここで終わってもらいたいんだけど... 「しかし、ここで黄瀬を許せば他の生徒たちに示しがつきません」 店長さんは目を眇めた。 「今回は不測の事態というのは先ほどの説明で理解いただけるものと思っていましたが?」 遠まわしに、「頭堅いぞお前」って言ってる... 「ですが、学校とは集団生活の場。それを乱す者は、我々は見逃すわけにはいかないんですよ」 何だか寮監も引くに引けないところに来てるっぽくて、どうしてもオレにペナルティを出したいみたい。 店長さんはちらっとオレを見た。 何だろう。 「今回の件では、まず、黄瀬君に手伝いを頼んだのはこちらです。そして、偶然の事件に巻き込まれた。ここまではご理解いただけますか?」 「ええ」 「そして、あなた..学校側は黄瀬君が寮の門限に遅刻したことを問題視し、それを許容したことで、彼への風当たり及び規律に問題が生じるとお考えであると」 「その通りです」 あれ?オレへの風当たりの話出てたっけ? 「では、まず。もし彼を規定通りに処分したいとおっしゃるなら、その原因である私に対しての処分もあってしかるべきです。が、学校側にその権限はなく、理事会を開いていく必要が出てきます」 「なぜ理事に問題があるという話になるんですか?」 話が大きくなりそうで、寮監が慌て始めた。 「諸悪の根源は、私です。私が彼に手伝いを頼んだことですから」 「あ、いえ。そこまでは...」 「そして、そうではなく。まず、根本的には彼に非がないことを認めたうえで、規律上致し方なく何かペナルティを課すということでしたら、その点については、学校側の判断です。学校運営の話ではないので理事として、理事会の決定を経ずに口を出すことはできません」 「え?!」 思わず声を漏らしたら、店長さんが少し鋭い視線を向けてきた。 「そう..ですね」 「ちなみに、規定通りでしたら、部活への参加禁止でしたよね、確か」 店長さんが念を押した。 「そうですね、彼はボランティア活動をしていた。そして、突発性の事件に巻き込まれたことを考慮して、ペナルティは軽減しましょう」 ...ペナルティはあるみたい。 「古典的にトイレ掃除ですか」 店長さんが言う。 「そうですね。寮のトイレ掃除ですね」 部活に出られないのは困るけど、罰はトイレ掃除... 「では、ご理解いただき感謝いたします」 「いえ。理事もお忙しい中、態々ご足労いただき、ありがとうございました」 大人たちはそんな挨拶をし始めた。 ガクリと肩を落としているとポンと肩を叩かれた。 「これが限界だよ」 小さく呟いた店長さんはにっと笑い、「今日は助りましたよ」と寮監に聞こえるような声で言った。 「あ、はい」 「私たち大人がしっかりしていなかったために、本当に申し訳ありません」 オレにそう重ねていった店長さんは、寮監に挨拶をして応接室を出た。 「というわけで、黄瀬。明日トイレ掃除な?手伝ってくれる人がいたら、それは構わん」 「...え、明日だけっスか?」 「毎日したいか?」 ぶんぶんと首を横に振った。 「なら、明日だけでいいぞ」 そう言った寮監は部屋を出ようとして、ふと足を止めた。 「お前、あの理事と知り合いってすごいな」 「へ?」 「殆ど日本にいないそうだぞ?」 「あ、そうなんスか」 そう言う設定なのかな?近くの町の小さな店のオーナーでだらだら過ごしてますよ、って言いたいけど、それを言ったらオレ学校退学させられそうだから、黙っておくことにした。 その後、先輩たちに小一時間説教されたけど、明日のペナルティの話をしたら、手伝ってくれるって言ってもらえた。 |
桜風
14.4.7
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