少しだけ、広い空の下





 「おーい、そこののっぽな青峰君」

背後からそんな風に声をかけられて青峰は振り返った。

段ボールに足が生えて歩いて生きている。

と、本人に言ったらニコリとほほ笑んだに違いない。もちろん、目は笑っていない笑顔だ。

「一人で持つとか、どーかしてんだろ」

「敬語ー。敬語の使える若者目指そうか」

「まあ、おばちゃんはそういうの気になるよな」

青峰の言葉に彼女はニコリとほほ笑んだ。

先ほど回避したはずの笑顔を目の当たりにして彼は視線をそらす。

「んで、どこに持ってくんだよ」

「2階の会議室」

「ほかの奴ら使えよ」

ため息交じりに青峰が言うと、彼女は「うん」と小さくうなずいた。


今年、青峰は就職なるものをした。

紆余曲折を経てのそれで、ある程度覚悟していたとはいえは、中々厳しいものはあった。

そして、この会社に採用されて、配属されたのが彼女のいる部署だった。

いくつかのチームがあって、それがひとつの課になるということで、彼女は若くしてチーフであり、一応係長という地位にあるのだろう。

だが、やはりそれを面白くないと思う人たちも少なくなく、彼女は非常に苦労しているようだ。

それでも一生懸命だし、筋の通っていないことを押しつけているわけでもない。

少なくとも、青峰はそう感じていた。



「ほい」

彼女の持っていた段ボール箱すべてを引き受けて運び終わった青峰に彼女は「ありがとねー」と礼を言う。

「お礼をしましょう」

会議室を出て廊下を歩きながら彼女が言う。

「あ?」

「お茶に付き合いなさい」

「まあ、さぼれるなら」

青峰のその言葉に彼女は言葉に詰まり、「休憩」と指摘する。

青峰がさぼりというなら、自分もそれになる。

「『お茶』って、これかよ」

青峰は目の前の自動販売機から取り出された缶コーヒーをまじまじと眺めて呟く。

「何?」

「いーけど。って、これ甘いやつじゃねーか」

砂糖とミルクも入っているようだ。

別のにしろと言おうとしたら、彼女もすでに缶を持っていた。

「何だ、それ」

「お汁粉。粒入り。こっちがよかった?」

「...こっちんがマシだ」

そういってプルトップを引く。

「そう?」

「昔の知り合いに、それがスゲー好きな奴がいたんだよ」

「カノジョ?元カノ??」

「...男だよ」

うきうきと聞いてくる彼女に半眼になって返した。

「へー、男の子なんだ。珍しいね」

「まあ、そうかもな。変な奴だったし」

「あらー。青峰君にそういわれるってことは中々の変人か、青峰君がひどく言ってるのね」

「前者だよ」

「会ってみたい」

そういって彼女は笑う。

「...あんたいくつだっけ?」

「仮にもチーフに向かって『あんた』ですか?」

さん」

「...よろしい。ほんと、生意気だねぇ」

苦笑して彼女が言う。

「生意気は生まれた時からのオレのステータスだよ」

「これまで青峰君の先輩になった方々の苦労が偲ばれる...」

ふと思い出した先輩の苦労を青峰も偲んだ。

(好き勝手やったもんなー)

自分もあの頃よりは大人になったと思う。

「んで、いくつだっけ?」

「女性に年齢を聞くのは失礼ということを教えてあげよう。少し賢くなったね」

彼女はそういって笑った。

「やっぱ、おばちゃんに年聞くのは失礼だったか」

「この口かー!」

そういって彼女が青峰の頬を引っ張る。

「いへー!」

「意外と伸びるね」

「離せって」

少しだけ乱暴に彼女の手をはたくと「ごめんごめん」と返された。

「ったく...」

「さ、休憩お終い。ありがとう、青峰君」

そういって彼女は背を向ける。

一瞬気合を入れるような仕草をしてスタスタと歩いて行った。


「...風邪ひくぞ、おばさん」

「うるさい」

先ほどチームの中でかなりの衝突があった。

それをまとめきれない彼女に上司が放った言葉は、これまでの彼女の努力を否定するものだった。

そんな言葉を言い放ったことがある青峰には苦いものではあった。

彼女は色々思うところもあっただろうが、そこは頭を下げてその場を収めた。

そして、終業時刻になり、彼女を除くチームの人間は帰って行った。

青峰も帰ったが、携帯を忘れたことに気づき、取りに戻ったのだ。

すると、デスクに電気は点いているのに、彼女の姿がない。

少し待ってみたが、やはり戻ってくる様子がなかったので屋上に向かった。

「空が広いから」と彼女は屋上を気に入っていると言っていた。

東京ではなく、もう少し空の広いところが彼女の故郷らしい。

そして、案の定彼女は屋上にいた。

青峰はスーツを脱いで彼女に掛ける。

「オレのダチにさ」

不意に話し始めた青峰の言葉に、彼女は耳を傾ける。

「なんか、あんまつよくねーけど。でも、努力だけはずっと続けて、あきらめの悪いやつがいたんだよ。そいつが、言ったんだ。勝てる可能性がゼロになるとしたら、諦めた時だって。だから、諦めるのだけは、絶対にやなんだと。今でも、そうだろうな。頑固だし」

そういって青峰は苦笑する。

「んで?さんは?自分からゼロにするのか?」

「するか」

小さく返された言葉に青峰は笑った。

「それでこそ、さんだな」

そういって彼女の頭をガシガシと撫でる。

「ありがと」

耳に届いたかすかな言葉に青峰は苦笑した。

「オレは、あんたが笑ってるのが好きなだけだよ」









桜風
13.5.1


ブラウザバックでお戻りください