andante 16





 吐く息が白くなり、日も早く落ちるようになった。

手がかじかむ。冬は苦手だ。

「よう」

手に息を吐きかけていると声をかけられて顔を上げる。

「宮地さん。いつも遅くまで」

「だから、そっちもだろ」

苦笑して言う。


歩き始めて、校門のところで「では」とが言うと「いいよ」という。

「はい?」

「暗いし」

「いえ、大丈夫..」

「寒いし」

「はい?」

もうひとつ付け加えられた単語はよくわからない。

「ほら、行くぞ」

そう言いながら宮地がいい、は慌てて追いかける。


「あのさー」

「はい」

努めてゆっくり歩く。

それでも隣を歩いているは少し息が上がっているようで、これでもまだ早いと気付く。

「あのさ、結構前の話だけど。なんか言いかけたの、オレが止めたよな?進路の話した時」

「え、ああ...」

あの時、少しだけほっとした。

でも、それを宮地が覚えているとは思ってなくて...

しかし、いい機会でもある。

は一度深呼吸をした。

「宮地さん」

改めて名前を呼ぶ。

「お?」

宮地が彼女を見下ろした。

「私、宮地さんに助けてもらったことがあるんです」

「あ?ああ、春先な?」

そう言った宮地には首を横に振った。

「もう1年以上前です」

身に覚えのない宮地は彼女に話の続きを促した。


「この学校の近くに公民館があるのご存知ですか?」

「や、知らねぇ」

「ですか。去年の夏休みに、そこに言ったんです。市民楽団が活動をしているって聞いて。その時、当時の1年生。今の2年生に絡まれたというか..まあ、そんなことがあったんです」

「...黄瀬は?」

突然出た名前に彼女は首を傾げた。

「涼ちゃんは、中学入ってからほとんど一緒にはいませんよ。彼がバスケを始めてから特に。だから、その時も一人で、怖かったんですけどね。宮地さんが助けてくれたんです」

そう言って宮地の目をまっすぐ見た。

「お礼が遅くなりました。ありがとうございました」

深く頭を下げていう。

「や、オレ本当に覚えてねぇんだけど」

「木村さんが『宮地』って呼んだし、間違いありませんよ。あ、でも宮地さんがいるから秀徳入ったわけじゃないですよ!!入ったら、いたっていうか。高尾くんたちをどやしつけていたっていうか...」

慌てて彼女が言う。

それはそれで面白くない。

「別に、それでも構わねーけど」

つい口に出た言葉に、宮地は内心慌てた。

「え、でも。迷惑だって...」

「は?」

「あの、今年。春先に助けていただいた時。高尾くんに」

思い当たる節があって、宮地はため息を吐いた。

「あのなー。からかいが十分にこめられたあの言葉で、しかも高尾だぞ?まともに相手するかよ」

「え、と?」

が首を傾げた。

「その時のオレは、たぶん感謝欲しくて助けたわけじゃないだろうけど、感謝されるのを拒否るつもりもない。だから、さっきの『ありがとう』は、貰っとく」

その言葉にはまつ毛を伏せて幸せそうに微笑んだ。

「あ、」

宮地が呟く。

(ああ、くそっ)

自分でもそれが心地いいとか、少し痛いとか思ってしまっているのが痒くてたまらない。

「はい?」

は首を傾げながら彼を見上げた。

「ん」

出された宮地の手を見てはまた首を傾げた。

「さみーから」

そう言っての、楽器ケースを持っていない方の手を掴んで自分のコートのポケットに一緒に突っ込み、歩き始める。

「あ、あの?」

慌てて足を動かし始めたはふと気が付く。さっきよりも歩きやすい。

「こっちんが、歩く速さ合わせやすいし」

「...アンダンテ」

がつぶやく。

「ん?」

「歩く速さで、っていう意味の音楽記号があるんです」

「...速さって、人それぞれじゃねーの?」

不思議そうに宮地が言う。

「そうですね。だから、演奏者の感覚でいいんだと思いますよ。演奏者、指揮者の」

「自由だな」

「はい、自由です」

「まあ、じゃあ。アンダンテで」

「はい」

白い息を吐きながら、さっきよりもゆっくりと歩き、2人は並んで駅に向かった。









桜風
13.12.23


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