| その日、練習試合の帰りに皆で帰りにどこかに寄って帰ろうと話をしていた。 「ごめんなさい、私パスで」 彼はそういって軽く手を上げる。 「え、レオ姉。お小遣いピンチ?」 「あんたじゃないのよ。ちゃんと計画的に使ってるにきまってるでしょ。でも、ごめんなさい」 チームメイトの言葉にそういって彼、実渕玲央は傘をさして一足先に寮に向かった。 特に用事はなかった。 でも、なんとなく。本当になんとなくであるのだが、帰る気になったのだ。 そろそろ寮につくところで、視界の端で何かがさっと走った。 「ん?」 玲央は気になり、そちらに足を向けると、今度はドンと大きな音に遭遇する。 狭い路地に足を向けると、そこには異様な風景が1ヵ所だけある。 見ないふりをすればできなくもなかったが、玲央はそちらに足を向けた。 一瞬息をのむ。 先ほどの大きな音は、これだったのだろう。 猫が、車に撥ねられていた。 足がすくんでいると「にゃあ」とそれがか細く鳴く。 さしていた傘から手を伸ばしてとっさにそれを抱き上げた。 暖かく、まだ息がある。 しかし、どうしていいかわからない。 こちらの高校に進学してから今年で2年目だ。だから、人間の病院ならある程度目星はつくが、動物の病院となるとそうはいかない。 普段、近所だってそんな風に考えてみていないのでよくわからないのだ。 「どうしよう...」 目に見えて腕の中の猫が衰弱していく。 「あら」 不意に背後から声が聞こえた。 振り返ると、ビニール傘をさし、棒付の飴を口にくわえている女の人が首をかしげている。 「どうしたの?」 「あの、動物病院とか知りませんか?この子、車に撥ねられたみたいで」 「あなたの子?」 「いいえ。たまたま行き逢ったんです」 彼女はそう返した玲央の腕の中の猫を見た。 「あら、三毛。それに、珍しいね、オスだわ」 「へ?」 「きんたまついてる」 ずばりその単語を女性の口から聞くことはまずないので、玲央はあっけにとられた。 「その子を抱えて600mくらい走る覚悟はある?」 彼女が言う。 「え?はい」 その程度走るなんてなんてことはない。 「じゃあ、ついてきて。その傘、あなたの?」 玲央の足もとに落ちたままの開いた傘を指差して彼女が問う。 「あ、はい」 彼の返事を聞いて彼女は玲央の傘を拾って閉じ、走り出した。 傘をさしたままの彼女の足はさほど速くはなく、少しもどかしさを感じたが、玲央は彼女の後をついて走った。 彼女に案内されたところには、確かに動物病院と看板が掲げられている。 「生きてる?」 ひさしに入った途端、彼女が言った。 「へ?」 玲央は思わず声を漏らす。 彼女は何も言わずにそのまま玲央からその猫を受け取った。 「岡田君、急患!オペ準備!!三毛、たぶん..2歳くらい!!」 体でドアを押して建物の中に入った途端、彼女が声を張る。 「はい!」 奥から声が聞こえ、彼女はそのまま奥へ走って行った。 玲央はどうしたものかと悩んだが、とりあえず建物の待合室の椅子に座った。 途端に背中に汗が流れる。 彼女が先ほど「覚悟はある?」と聞いてきたのはそいういう意味だったのだ。 自分の腕の中で、命がなくなる可能性を指していたのだ。 それに気づかず、600メートル走るくらい、練習試合の後であろうと、楽勝だと思ってしまった自分が怖かった。 そして、もうひとつ彼に汗をかかせている事実がある。 猫の治療費。 動物は人間と違って保険がきかないから全額負担だと聞いたことがある。 つまり、高額となる。 何より、あの猫は治ったら自分が引き取らなくてはならないのだろうか。 実家は、親がアレルギー体質だからと最初から動物はNGだった。 だからクラスメイトで動物を飼っているのを見て羨ましいと思った。 (今はそんな思い出に浸っている場合じゃないわ) あの猫の交通事故に遭遇してしまったせいで、自分は今いろいろと問題を抱える羽目に陥ってしまった。 それを一つずつ解消していかなくてはならない。 (ふつう、治療費ってツケは..ないわよね) なら、全額耳をそろえて支払わなくてはならない。 「あの」 そんなことを思っていると事務員らしき人に声をかけられた。 「はい」 「あの子の飼い主さんですよね?」 「え、いえ...」 飼い主ではない。 しかし、玲央の反応を見て事務員はあからさまに怪訝な顔をした。 そして、すっと玲央の着ているジャージに目を向ける。 (拙い...) 学校が絡むとこれまた厄介な話になる。 「洛山高校、ってこの近所のあの学校ですか?」 「え、ええ。はい」 (えーい、こうなったら...!) 玲央は覚悟を決めて事の経緯を話すことにした。 |
桜風
13.6.10
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