| 「何してんの?」 玲央が事務員と押し問答していると、先ほどの彼女が姿を現した。 「先生」 事務員が言う。 「ん?あれ、まだいたの??」 玲央にしてみれば大変失礼な言い草である。 反論しようと思ったところに、事務員が立ち上がった。 「先生、聞いてください。この人、さっきの猫のこと」 「あー。はいはい。ごめんごめん。あの子、うちの子にする」 さらっと彼女が言う。 「はい?!」「は?」 事務員と玲央が頓狂な声を上げた。 「ちょ、先生?!」 「だって、その子洛山でしょ?バスケ部のジャージ着てんだから、地元じゃない可能性のほうが高い。なら、寮で猫行けるわけないじゃん」 「ええーーー??!!」 事務員が大げさに驚いた。 「んだから、あの子あたしがもらう。いいでしょ?」 彼女が軽く玲央に声をかけた。 「え、ええ。助かりますけど、いいんですか?」 「うん。三毛のオスなんてなかなかいないしね。うち、動物オッケーなマンションだし。なので、治療費はあたしからふんだくってー」 「ふんだくるなんて失礼な...!」 彼女は少しだけヒステリックにそういって玲央のそばからいなくなった。 「ごめんねー」 軽く彼女はそういって玲央の隣に腰を下ろす。 「いえ」 短く答えた玲央は改めて彼女を見た。 また何か咥えている。先ほどと同じ飴だろう。 「あの..」 「ああー。そうね、そのまま帰らすところだったわ。おーい、岡田君!」 彼女が自分の胸元を見てそういったのを受けて玲央は視線を落とす。 「わ...」 今月の残りのお小遣いは、新しいジャージ代に消えることになったようだ。 血だらけの猫を抱えていたので当然といえば当然だが、胸元が赤黒くなっている。 「血は落ちないからねー。そのジャージはもうあきらめたほうがいいよ」 「何ですか?」 やってきたのがきっと『岡田君』なのだろう。 「今日、宿直予定だったよね。というわけで、着替え貸して」 笑顔で彼女が言う。 「は?」 「ほら、この子このまま帰せないでしょ?だから」 彼女の言葉に反応して岡田君は玲央を見た。 「てか、サイズあわないですよ」 「大丈夫。君は基本的にダボダボの服しか着ないじゃない。今回だってそうでしょ?いけるいける。無理だったときは、この子が気合でカバーするって」 軽くそういう彼女に岡田君はため息をついて「とってきます」と言って奥へと消えて行った。 (気合でサイズはカバーできないと思うんだけど...) 心の中でそう突っ込みを入れて、 「宿直なんてものがあるんですか?」 と今の会話で出てきた単語について聞いてみた。 「うん。今日みたいに手術した子とかいたら、経過観察で預かったりするからね。誰かしらいないといけないの。普段は、院長先生がいるから大丈夫なんだけどね。たまにふらっといなくなる人で、その時には宿直というイベントが発生。ま、その分手当がつくから、たいてい岡田君とか近くの大学生が手を挙げてる」 苦笑して彼女が言う。 なんとなく、人懐っこい印象を受ける笑顔だ。 「先生。はい」 岡田君が着替えを持ってきた。 「さんきゅ。ほら、着替えて。着替えた服はこっちで始末していいなら始末するよ」 ジャージを脱ぐと彼女の予想通り中に来ていたTシャツまでしみている。 その場で脱いで岡田君から借りたスウェットを着た。 「...お願いしてもいいですか?」 きちんと畳んで渡すと彼女は「おっけー」と頷いた。 「あの」 玲央が声をかけると彼女は不思議そうに見上げてきた。 「さっき、私に「覚悟あるか」って言ったのって」 「あたしの見立てであの子は半々だったから。ここまで来たら、生きる方の割合はあげられると思ったから。やっぱ、気づいてなかった?」 「...ええ。ここに座って、気づいて、ぞっとしました」 そう返す玲央に彼女は目を細めた。 「あなた、賢い子ね」 彼女は立ち上がり、さらにソファに上に上って玲央の頭をなでる。 「先生!」 そして、事務員にそれが見つかり怒られた。 慌ててソファから降りた彼女は「怒られちゃった」と笑う。 初対面の女性に頭をなでられて、普通ならあまりいい気がしないはずなのに、玲央はそこまで気にならなかった。 (変な人) 単純にそう思っただけだった。 「お茶飲む?」 そう聞かれて頷くと、本当にお茶が出てきた。 「珍しいですね?」 「なにが?」 そういいながら彼女はお茶に口をつけて「あちっ」と呟いた。 「お茶ってところがです」 彼女が熱そうにしたので、慎重に口をつけるとさほど熱くない。彼女は猫舌のようだ。 「ん?あ、コーヒーがよかった?」 「いえ、コーヒーとかそういうところが多いんじゃないかしらと思って」 「うん。ま、うちの場合、院長先生がコーヒー党であたしが紅茶党。院長先生が紅茶嫌いで、あたしがコーヒー嫌い。バイトに来る子は、まちまちで、両方満足させようと思ったらコストがかかるからって、間を取ってお茶になったの。お茶嫌いを目にしたことないからね」 「なるほど」 「名産だし」 「ですね」 彼女自身が淹れてくれたらしいそのお茶は結構渋くて、さすがにそれは口に出すことはできなかった。 |
桜風
13.6.17
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