| ある日、病院に行くと、今まで感じたことのない空気を肌で感じた。 「実渕君」 事務員に声をかけれた。 「今日は帰りなさい」 有無を言わさない声音で言われる。 「何かあったんですか」 「...帰りなさい」 答えてくれなかった。 ただ、病院の奥から聞こえてきた声でなんとなく察することができた。 この病院を頼ってきたが、救われなかった命があったようだ。 救えなかった彼女たちを責める言葉が耳に届き、玲央は「また来ます」と事務員に声をかけて逃げるように病院を後にした。 これまでも玲央があの病院に足を運んでいるときに急患が来たことが何度かあった。 それまで、からかっているとしか思えないくらい適当なことを言っていた彼女の表情がさっと変わる。 近所の面白いお姉さんが、突然ドクターの顔をするのだ。 その変化、変貌を見るのも好きだった。 でも、それを好きだと思ってはいけなかった。 彼女はいつも命を預かっている。 適当なことを言いながらも、動物たちの様子を注意深く観察していた。 少しでも様子がおかしければケージから出して診察をしていた。 近場の、いろんな動物と触れ合える場所くらいにしか思っていなかった自分が恥ずかしくて、申し訳なくなった。 あそこは、遊び場ではない。 それなのに、玲央が訪ねてくることを許してくれていたのは、子供と思われていたからかもしれない。 あれからなんとなくあそこを敬遠していた。 遊び場ではないのだから、行かないのが当然だと思う反面、行きたいと思う気持ちも大きい。 (...はぁ) 部活の休憩中、心の中で盛大にため息を吐いた。 「玲央」 「征ちゃん?」 「どうした、ここ最近」 部活には影響は出ていないと思っていた。練習量もいつも通りだし、ミスも少ない。 「どうした、って?」 「楽しそうだったのに、と思って」 今年入った後輩は、この伝統ある部のキャプテンになった。 「今も楽しいわよ」 「...そう?」 たったそれだけの会話だった。 それ以降、彼が玲央の様子を気にかけていることをわざわざ口にはしなかった。 ただ、だから背中を押された気になった。 (征ちゃんには敵わないわねぇ) 我らがキャプテンはなんでもお見通しのようだった。 とりあえず、ちょっと間隔があいてしまったので口実がないと足を運べない。 街をプラプラと歩きながら彼は目当てのショップを見つけて入ってみた。 (やっぱ、色々あるのねぇ) 以前彼女が言っていた。 「ブームっちゃブームだし。これで産業成り立ってるからいろんなものあるよ。飼い主側も満足しなきゃだしね。むしろ、飼い主側が、かもしれないけど」 ペット用品のことだ。 とりあえず、キンタローに、と何か持っていくのを口実にしようと思ったのだ。 猫じゃらしというのはベタかどうかわからないが、とりあえず、値段が手ごろで、かわいらしいそれを見つけたので購入した。 その足で病院に向かった。 日を置くとまた萎えてしまいそうな気がしたのだ。 「こんにちは」 建物に入って受付にいる事務員に声をかけると、彼女はあからさまにほっとしたような表情を見せた。 「久しぶりね」 「ええ、お久しぶりですね。さんはいます?」 「先生は..たぶん奥かな?」 「行っても大丈夫ですか?」 「今は暇してると思う」 「ありがとう」 そんな会話をして玲央は奥に向かった。 「おお、玲央ちゃん」 彼女に再開する前に院長先生に再会してしまった。 なんだかちょっと人とは違うというかななめ言っている感じのする彼は、曰く変人だそうで。 玲央もなんとなくそうだろうなと思っていた。 「お久しぶりです」 「久しぶりだなぁ...クンかい?」 「ええ。今、大丈夫ですか?」 「...大丈夫だろうよ」 少しだけ返事の前に開いた間が気になったが、玲央は彼女に会うべく、いるであろう部屋を目指した。 部屋のドアを軽くノックして開けた。 彼女は緩慢な動作で振り返る。 彼女はスタートはのんびりだ。 唯一例外が、きっと急患が運ばれてきたときの対処の時だけなのかもしれない。 「あら、おひさしー」 そういって軽く彼女が手を振る。 玲央はぎゅっと自分の胸のあたりを押さえた。 「玲央くん?」 「お久しぶり」 ニコリとほほ笑む。 (私にだって意地ってもんがあるのよ) なぜ、先ほど院長先生の返答に間があったのかなんとなくわかった。 察した玲央はそれを顔や態度に出すまいと決心して彼女に足を向ける。 「どうしたの、最近」 「学生さんもお忙しいの」 玲央が返すと「そうだったかなー」と彼女は笑う。 「昔はともかく、今はそうなのよ」 軽く返した玲央に 「さほど昔ではないのだがね」 と彼女も笑った。 |
桜風
13.7.8
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