招き猫 10






 玲央が帰って行ったあと、片づけをしていると「にゃあ」とキンタローが鳴いた。

「ん?」

振り返って彼の足もとを見ると鍵が落ちている。

「...お誘いかしら?」

苦笑して彼女はつぶやく。

「キンタ、ちょっとお散歩行こうか」

基本的に家の中だけで過ごしている愛猫に向かって言うと「なう」と少し戸惑ったような声音で鳴かれる。

「大丈夫、大丈夫。玲央くんに会いに行こうか」

そういってケージに入れて彼女は洛山高校バスケ部の寮へと向かった。


のマンションを後にした玲央は、少し買い物を済ませて寮に戻る。

帰寮の手続きをしようと寮監室を覗くと不思議な光景が目に入る。

さん?」

「やあやあ、玲央くん」

「おう、実渕。それ書いとけ」

帰寮時刻と名前を書く用紙を顎でしゃくった寮監はと話を再開した。

「ちょっと、さん。なんでここに?」

「ああ、うん。玲央くんがどうやって寮の自室に戻るのか見届けるため、かしら?」

彼女が言う。

玲央は慌ててバッグの中を漁った。

「ない」

「でしょうとも」

そういって彼女はちりんちりんと鈴を鳴らす。

玲央の部屋のカギには、鈴と招き猫のストラップがついている。

まさに、彼女が手にしているそれだった。

「ごめんなさい、わざわざ持ってきてくれたの」

玲央が言うと

「ま、いのっちの顔でも見てあげようと思ったし」

「はっイケメンだろ」

「イケメンとはこの子のことを言います」

真顔では愛猫を指差した。

寮監室でもさすがにケージからは出していない。

「え、『いのっち』ってどういうこと?」

鍵を受け取るために寮監室に入った玲央が驚きの声を上げた。

「何だ、実渕知らなかったのか?こいつうちのOGだぞ?しかもバスケ部」

「昔は女子部もあったからね」

「そうなの?」

「うん、まあね」

(知らなかった...)

今は見る影もない。

「いのっちは、当時からここの寮監だったし。ま、どうせ転職してないだからって訪ねてきたってわけ」

「会いたかったんだろうがー」

彼は笑ってそう返した。

「そういや、は『』でいいのか?」

不意に彼がそう問うた。

彼女が一瞬だけ苦い表情をしたのを玲央は目にする。

「いいのよー、で」

「本当か?だって、聞いたぞ。お前結婚したんじゃないのか?」

で、いいですよ?」

ニコリとほほ笑んで彼女が言う。

「あ、うん。すまん」

「さて、玲央くんに鍵も返したことだし。キンタ、帰ろうか」

「にゃー」とご機嫌な声が返ってきた。

「じゃあね、玲央くん。ついでにいのっち」

「オレはついでかよ」

そう返した寮監に笑い、は帰って行った。

さん、ご結婚されていたんですか?」

寮監に聞くと、

「うーん、そう聞いたんだがなぁ」

とポリポリと頭をかいていた。

「そうですか」

しかし、今日尋ねたそこは家族がいるという空気はなかった。

(どっちなのかしら...)

さすがに既婚者に懸想はまずいだろう。

いや、想うだけなら...

そこまで思ってはたと気づいた。

「やっぱり、そうなのよねぇ...」

思わず声が漏れる。

「何がだい?」

背後にいた後輩が声をかけてきた。

「あら、征ちゃん」

「何かあったのか?」

「ううん。ちょっと恋心を自覚したの」

「...そうか」

少し反応の困ったような雰囲気を見せた彼はひとまず相槌を打っただけだった。









桜風
13.8.12


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