| 夏休みに入るとIHの出場を控え、練習量も増えて病院に顔を出す時間と気力がなかった。 IHが終わってからお土産を持っていけばいいと思い、とりあえずその時やるべきことに集中することにした。 IHが終わり、寮に戻って2日目。 ようやく、色々と片づけも済んで自由時間もでき、彼女のいるはずの病院に向かうことにした。 出かけるため、手続きをしようと寮監室前に行くと何人か客が来ていた。 寮監たちはこちらに気づいていないようだった。 「なに、ここらに住んでんの?」 「あいつ結婚したろ」 「したけど、離婚したんだよ。家追い出されたんだと。子供ができてれば左団扇だったのになー。あいつもよそでガキ作ってお前のこどもだーって旦那に言えばわかんなかったろうに」 「や、それはさすがにわかんじゃね?」 げらげらと彼らは笑っている。 「井ノ原さん」 寮監室前の小窓から声をかける。 「おお、実渕」 少し、気まずそうに寮監が応じた。 「外出します」 「ああ、手続きか。ちょっと待ってろ」 そういって用紙を準備する寮監の背後で、先ほど彼女のことを噂していた彼らが興味を持った。 「なに、お前バスケ部?」 「はい」 「お、後輩。今年もちゃんと優勝したな」 「おかげさまで」 「ここまで来たら負けられないもんなー」 「先輩方は...」 「あー、こいつらは、の同級生」 そういって寮監が用紙を渡した。 玲央はそれに必要事項を書き込む。 「なに、こいつの知り合い?」 「らしいな。この間、こいつが忘れた鍵もってここに来たし」 「鍵?!おいおい、高校生に手を出しちゃったかー」 またしても彼らはげらげらと笑う。 バキッという音がして彼らの品のない笑い声が止まる。 「ごめんなさい、井ノ原さん。ペンが折れてしまったわ」 玲央が言う。 「え?あ、ああ。うん」 代わりのペンを井ノ原から受け取って玲央は必要事項を記入して寮を後にした。 「ばっかじゃないの!」 あそこで爆発しなかった自分を心からほめてやりたい。 病院の前で1度深呼吸をする。 「こんにちは」 ドアを開けると受付の事務員が「あら、実渕君。久しぶりね」と声をかけてきた。 「全国大会に行ったのでお土産です」 そういって菓子を渡した。 「全国大会?あら、すごいのね」 「ええ」とあいまいに頷いた玲央は「さんは?」と聞いてみた。 「あー、残念。先生、今日はお休みよ」 「そうなんですか?」 (行ってみようかしら...) 「わかりました。あ、何かお手伝いできることあります?たとえば、電蛍光灯の交換、とか」 玲央が言うと事務員は笑った。 「いいわよ。実渕君が来てくれるようになって、うちの蛍光灯はほぼ交換終わったもの」 そういわれて、玲央は苦笑し、「では、また来ますね」と言って病院を後にした。 (連絡してないけど、行っても大丈夫かしら...) まあ、門前払いされたらそれでいいやと思って玲央は彼女のマンションに向かった。 エントランスでインターホンを押すと、「ふぁい?」と寝起きのような声が返ってきた。 「こんにちは、さん。玲央です」 「は?!玲央くん??わお。10分くらいそこで待てる?」 「ええ、待ちましょう。クローゼットにもろもろ突っ込む時間が必要でしょうから」 くすくす笑って玲央が言うと 「入るかなぁ」 という声が聞こえて少し呆れた。 「ここらへん、ちょっと散歩してまた戻ってきますね」 「はいはい」 (追い返されなかったのは意外ね) そんなことを思いながらのマンションの周辺を散歩してみた。 のんびりひとりで歩いていると「にゃあ」と猫が寄ってきた。 「あら、かわいいにゃんこちゃんね」 そういって膝を折り、喉をなでると気持ちよさそうに鳴く。 「そういえば、あの子がきっかけよね」 そんな遥か昔ではない。 だが、ずいぶんと前のような気がする。 「玲央くん」 振り返ると、パーカーにジーンズという出で立ちのが立っていた。 「あら、迎えに来てくれたの?」 「うん。というか、おもてなしできるものがないから、コンビニによって帰ろう」 彼女にそう言われて玲央はうなずいた。 「全国どうだった?」 「優勝したわよ」 「結果ではなく、過程。楽しかった?」 「プレッシャーのほうが大きいからね」 そういう気持ちにはなかなかなれない。 「もったいない。君の青春は1度しかないのだよ」 彼女はそういって笑う。 「そうだけど」 そういいながら2人はコンビニに入った。 「何にしよっかなー」 そういいながら彼女は菓子のコーナーに行き、チュパチャプスに手を伸ばしていた。 「お、」 玲央が驚いてそちらを向くと、先ほど寮監室で見た彼らだった。 思わず眉間にしわを寄せる。 「あー、なんだ。おひさしー」 そういって彼女は軽く応じている。 「ん?おい、こいつ」 片方が玲央の存在に気づいて反応した。 「ああ、後輩だよ」 彼女が応じると2人は顔を見合わせる。 「知ってる。さっき井ノ原さんに会いに行ったら外出手続きしに寮監室に顔を出しに来たから。つか、お前。あそこの嫁として首切られたからって、今度は高校生か?やべーぞ、それ」 「ちょっ」 あまりに酷い言い様に玲央が反論しようとすると、トンと胸を軽く叩かれる。 驚いて見下ろすと 「あっはっはー。その三行半は何年前の話だと思ってんの」 とが軽く返していた。 その様子を玲央はぐっと奥歯をかみしめて見つめていた。 これが、大人と子供の違いか、と。 少しだけ悔しかった。 |
桜風
13.8.26
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