なかぬなら 1





 そこだけが別世界のようだった。

スタジオの中、カメラマンの声が響き、スタッフの声が飛び交っている。しかし、そこだけがぽつんと静かな、他とは隔絶されたような空間ができているようだった。

「黄瀬君?」

メイクスタッフに声を掛けられた。

「ああ、すみません」

愛想笑いを作って顔を向ける。これからメイクを施してもらい、自分が被写体になるのだ。

「あの子、気になる?」

からかい口調で指摘されて黄瀬は内心ため息を吐きながら「やー、静かだなって思って」と先ほど胸に抱いた感想を口にする。

「あの子、いつもそうよ」

「あんま見かけない子っスね」

女性モデルと一緒の撮影現場は数えるほどしかないといっても、スタジオですれ違うことはある。

だから多少、同年代のモデルは目にしたことがあり、記憶している子もいるのだが、彼女はそれではない。

「そう?あ、でも読モの子だからじゃないかな?」

「へー……」

(素人さんっスか)

自分も学業の傍ら、しかも最近は部活が面白くないという理由で仕事を増やした素人なのだが、読モとは少し毛色が違うと自負している。

ちゃん」

スタッフに呼ばれて彼女は返事をしてカメラの前に立つ。

「じゃあ、笑顔ちょうだい」

カメラマンが指示をする。

黄瀬は瞠目した。

カメラの前に立つまでの彼女は静かでどちらかと言えば暗いイメージがあった。

だが、カメラの前に立ち、笑顔を浮かべた途端に雰囲気が変わった。

勿論、笑顔で雰囲気は変わる。これはおそらく万人に対していえることだろう。だが、違う。

彼女は違った。

瞬間、パッと花が咲いた。雨が上がって虹が掛かった。

思わず目を奪われるというのはこのことだろうか。

「すごいよね」

メイクスタッフが呟く。何のことか口にしていないが、黄瀬は頷いた。

きっと彼女の事だ。

「読モ?」

「って話よ。まあ、この世界に入ってから大きな事務所に熱心にスカウトされたらしいんだけど、本人はそのつもりはないらしいのよね」

「メイクしたことないんスか?」

このメイクスタッフは話し上手だ。なんだかんだ、メイク中は話をしてしまう。

「あるけど、なかなか手ごわくてね」

黄瀬の思いを察したらしい彼女は苦笑する。色々話し掛けたが、あまり手ごたえがなかった。暖簾に腕押しという印象だ。


「ありがとう!今日もよかったよー」

カメラマンが彼女に声を掛ける。

「ありがとうございました」

礼をした彼女の雰囲気がまた暗い、静かなものに変わっていった。

「黄瀬君、準備できてる?」

カメラマンが振り返って声を掛けてきてハッとした。メイクの途中だ。

「すみません!」

「もうちょっと待ってください!」

メイクスタッフとともに慌てた。

本来怒号が飛ぶ場面であったが、不思議と誰も咎めなかった。彼女の撮影中は多くの者が手を止めてしまう。

そんな不思議な子だった。



撮影が終わり、スタジオの出口に向かっていた黄瀬が少し駆け足になる。

「お疲れっス」

声を掛けた相手は先ほど「」と呼ばれた女の子だ。少し前に上がったはずの彼女がまだスタジオ建物内にいた。

声を掛けられた彼女は足を止めて黄瀬を見上げた。

訝しむ表情の彼女に苦笑を零して「黄瀬涼太。俺もモデルなんスよ」と自己紹介する。

「そう。お疲れ様でした」

返した彼女はそのまま出口に向かっていく。

「ああ、待って。家はどこ?送っていこうか?」

ちらと黄瀬を見上げた彼女は「間に合ってます」と返し、少し歩調を早める。

「迎えっスか。あー、ねえ。携帯持ってる?番号の交換しない?」

「しない、さようなら」

足を止めることなく返した彼女はそのまま出口の警備員に挨拶をして建物を出る。

流石にあの態度には腹立たしさを感じた。

「振られたね」

「そんなんじゃないっス」

警備員の指摘に憮然と返して「お疲れ様でしたー」と黄瀬も建物を後にして、左に曲がる。

ここ最近面白くないことが続く。

「厄年っスか」

呟いて黄瀬は空を見上げた。

「あーあ」

何か面白いことがないだろうか。









桜風
16.4.29


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