なかぬなら 2





 翌年、黄瀬は隣県の高校に進学をした。モデルの仕事は続けることにしているが、さすがに移動距離が長いのは少し厳しいと思うようになってきた。

入学して1週間もたたないうちに私設ファンクラブが出来上がる程度には学校の女子に人気が出た黄瀬だが、高校生活というのも思いのほか急激に変わる何かがあるのではないと気づき、少しだけがっかりしていた。

部活は、少し楽しいと思えるようになった。

自分の才能を超えるような人はいない。でも、どこか中学の時とは違う気がした。

少しだけ心が動き始めたような気がした。


教室移動のため、友人と廊下を歩いているとふと視界に入った人物があり黄瀬は思わず駆け出していた。

腕を掴んで振り返らせる。

ちゃん」

これ以外知らない。あの時、スタッフが声を掛けていた名を呼んだ。それだけが記憶に残っていた。

「きゃあ」と小さな悲鳴が周囲から上がる。

「なんですか?」

半眼になって見上げてくるその様子は、相変わらずの静かなもので、だから余計に確信した。

「え、学校いっしょ?」

彼女はため息を吐き、「手を放してくれない?」と返す。

「え、ああ。ごめん」

驚いた。純粋に驚いて、思わず手を伸ばして確認した。

唯それだけだったのだが、周囲を見て後悔をした。

「ごめん」

今度は別の謝罪。

人が集まっている。黄瀬は自分を高く評価をすることが多々あるが、女の子にモテることの自覚は、珍しく客観的な評価と一致するものだ。

「さようなら」

彼女はそう言って去っていく。

「おーい、黄瀬」

「ああ、うん」

クラスメイトに呼ばれて黄瀬は少し駆け足で友人の元に向かっていった。

「何、あの子知り合い?」

クラスメイトに問われて「まあね」と黄瀬は頷く。

「へー、そうなんだ」と言ってクラスメイトが振り返る。

当然彼女の姿はないのだが、黄瀬もつられて振り返った。

「でも、今のセンパイじゃないか?」

「……へ?」

(そう、かもしれない……)

制服の真新しさを感じなかった。

名札があるわけじゃない。ネクタイの色が学年ごとに異なるわけではない。だから、一見して年上か年下かなんてわからない。

年下はまずありえないから、同じ年か年上だ。


部活の休憩中、先輩に聞いてみることにした。

「この学校に何人女子がいると思ってるんだ?」

正直女子の話を振られても全く分からない。

笠松は眉間に深い皺を刻みながら黄瀬を見た。

「スよね」

自分もそう思う。

「その名前なら2年に3人、3年に2人いたぞ」

諦めようとした黄瀬に森山がそういった。

「先輩……」

(正直、気持ち悪いっス)

クラスメイト、同じクラスになったことがある、委員会で一緒になったことがあるなどの共通点を持っている相手ならまだしも、そうではないようで、笠松に自分が如何に女子を把握しているかを話している。

流石に1年はまだ把握しきれていないとか。

「で、その子がどうしたんだ?」

小堀が問う。

どうした、と問われてどう答えていいかわからなかった。

「あー、昔の知り合いに似てる子が居たんで。そういえば、この学校に俺以外にモデルやってる人いるんスか?女の子とか」

偏見ではあるが、モデルをしている子たちはおそらく目立ちたがり、自己主張が強い子たちが多い。

だが、はどう考えてもその属性に入らない。

どちらかと言えば目立たず、大人しい部類に入ると黄瀬は思っている。

とはいえ、2回しか会ったことがない、しかも会話らしい会話をしていないため、これまた実際のところはわからない。

「なんだ?お前自分がモデル。ナンバーワンでしかもオンリーワンだと言いたいのか!」

「あ、いや。そんなこと言ってないじゃないスかー」

情けない声を出す黄瀬に「よし、この後しごきだ」と森山が言う。

なんでこんなことになったんだろう、と黄瀬は途方にくれながらも先輩の指導に耐える道を選んだ。









桜風
16.5.7


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