なかぬなら 3





 校内で時々の姿を目にする。

だが、声を掛けていいものかと悩み、そもそもなぜこうも彼女に構いたいと思うのかわからない。

あの時のことを思い返せば、どちらかと言えば腹立たしいものが強いのに。


中学の、バスケを始めた時以来、久々にバスケに嵌ってしまった黄瀬は朝のジョギングを欠かさない。

諸事情により朝にジョギングできなかったときには夜に代替するようにしている。部活後で非常に辛いが続ける様に心がけている。

その日は夜に走らなくてはならなかった。

毎朝走っているコースを少しそれてみようといつも右折する大通りで左折する。

走っていくと公園があった。団地のすぐそばの公園。

団地のために造成されたものかもしれない。

こちらにやってきても中々街中を歩くことができない。時間がないのだ。

学校近くのラーメン屋などは先輩に連れて行かれてそこそこ頭に入ってきているが、学校から離れた途端知らない景色ばかりで、少し冒険をしているようで楽しい。


ふと、街灯の下のベンチが視界に入った。

ぽつんと人が座っていて、その雰囲気は自分の知っているあの静かな世界に酷似していた。

だから、足を向けてみた。

向こうが顔をあげる。

ちゃん」

「……ストーカー?」

眉間に皺を寄せて彼女が言う。

「いや、違う。俺っスよ、黄瀬涼太」

「それをわかっていて、ストーカーって聞いてるんだけど?」

そんな言葉が返ってきて黄瀬は言葉に詰まる。

「なに?」

彼女の口にした「なに?」が何を問うているのか少し困惑し、だが用件を聞いているのだろうと踏んで「いや、特に」と言う。

「ジョギングしてたんスよ。それで、ちょっと今日はコースを変えてみようかなって思って」

「ああ、そうなの?でも、あまり住宅街に入らない方がいいよ。不審者に間違われるし、風景が似たような感じだから、暗いと迷子になる」

ちゃんはなんでこんなところにいるんスか?」

黄瀬が問うと彼女はため息を吐いた。

「その『ちゃん』ってやめて」

「芸名とか?」

「本名よ」

「……俺、苗字知らないんスけど。あのとき教えてもらえなかったし」

雑誌を探して確認しておけばよかったなど、今更なことを思う。

彼女はじっと黄瀬を見上げていたが「そういえばそうね」と頷いた。



「ついでにあとひとつ聞いてもいいスか?」

はちらと黄瀬を見上げて「まあ、あとひとつだけね」と頷いた。

「何年のセンパイなんスか?」

「2年よ。ひとつ上」

森山が言っていた3人に入るらしい。

「ねえ、黄瀬涼太」

「なんでフルネームなんスか」

「黄瀬君や涼太君なんて呼べるような仲良しだと思っていないからよ」

冷たく言われて「そうっスか。それで、何スか」と肩を落としながら黄瀬が先ほどの言葉の続きを促した。

「楽しそうね」

何が、と言われず黄瀬は考えた。

そして彼女と自分が出会った時期を思い出す。

人生でかなり退屈していた時期だ。その表情を比べたのかもしれない。

再会したのだって高校に入って間もなくで、再びバスケに嵌る少し前だ。

「最近、バスケが面白いんスよ」

「バスケ?」

首を傾げるに「あれ?知らないっスか?」と黄瀬が少し拗ねながら問い返す。

「あまり興味ないから」

「期待の新鋭としてどうしてもバスケ部に来てほしいって言われて、海常に入ったんスよ。スカウトの人、態々東京まで来たんスからね」

胸を張って言う黄瀬に「ああ、入試では無理そうだなって思ってたから納得したわ。人間誰しも何かしら取り柄ってのがあるものなのね」と言われて胸に刺さる。

「なんスかー。厳しいっスね。俺は、顔良し、運動神経も良し、勉強も、まあ……オッケー。女の子にも人気なんスよ」

反論する黄瀬に「勉強もできるんだ?すごいのね」と感情のこもっていない言葉が返された。

確かに、ちょっと甘く見積もっている。どちらかと言えば、ぎりアウトだろう。

くすりと笑った気配がした。

黄瀬が視線を向けたが、すでにあの静かな表情だった。

「今、笑った?」

黄瀬が問うと「なぜ?」と問われて言葉をなくす。

「黄瀬涼太」

「なんスか、ちゃん」

「それやめてって話したよね?だから苗字を教えた」

センパイ」

「学校で名前を呼ばれても反応しないからね」

今は良いらしい。黄瀬は「ハーイ」と返事をして「で、なんスか?」と彼女の言葉を促す。

「もう時間が遅いし、早く戻らないと門限があるんじゃないの?」

「わ、拙い!」

黄瀬は慌ててその場から離れようとした。

センパイ、なんでこんなところにいたんスか?」

「門限破ったら大変なんじゃないの?」

黄瀬の問いに答えを返さず、彼女は彼に帰るように促した。

肩を竦めた黄瀬は「またここに来たらセンパイ居るっスか?」と問う。

「どうだろう。居る時もある」

曖昧な答え。だが、この問いを向けても来るなとは言われなかった。

黄瀬はにっと笑い、「じゃ、おやすみなさい」と言って駆け出す。

「おやすみ」

背に向かって聞こえた声に思わず目を細めた。









桜風
16.5.13


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