なかぬなら 4





 ジョギングは基本的には朝。

だが、夜に走るときには朝とはコースを変えることにした。


センパイ」

呼ぶと面倒くさそうに彼女は振り返る。

「また?」

「もう道を覚えたし迷子になる心配なんてないんスよ」

にっと笑って黄瀬が返した。

目の前で盛大なため息を吐かれるが気にしない。

「別に心配なんてしてないけど」

センパイは、最近あんまり仕事してないんスか?」

昨日の撮影の時にメイクを担当してくれたのが、以前初めて彼女を目にした時のスタッフで話題に上ったのだ。

彼女はちらと黄瀬に視線を向けて「やりたくてやってるものじゃなかったからね」と返す。

どの業界も新人が出てくるものだし、その新人に注目が集まればそちらに目が行くのは当然だ。

そのため、彼女に声がかかることが減ったということらしいが、メーカーが彼女を指定する場合もあるらしく、その場合はオファーを受けているという。

「じゃあ、そもそもなんで読モなんてやってるんスか?」

黄瀬が首を傾げながら聞けば「よくある話」とは肩を竦めて見せた。

「あ、姉ちゃんとか?俺もそれなんスよねー」

「友達」

その一言で黄瀬はなんとなく察してしまった。

おそらく、その友人はオーディションに受からなかった。そして、はその妬みや僻みを受けているのだろう。

言葉を探していると「黄瀬涼太はお姉ちゃんの推薦だったんだ?」とが問いかける。

「え?ああ、うん。姉ちゃんが勝手に……」

「中学のころから背が高かったの?」

「超かっこよかったっスよ」

「へー」

感情の全く籠っていない相槌に黄瀬は膨れっ面を作る。そして思った。

今の話題転換は自分を気遣っての事ではないか、と。

センパイって」

「門限」

黄瀬の言葉を遮るようにぽつりとが呟いた。

「え?あ、ああ!!」

腕時計を見て声をあげ、「また来るから」と黄瀬は駆けだす。

今から寮の門限までに戻るにはハイペースでなくてはならない。

(……そういえば)

はいつもあのベンチに座っている。

あまり遅くな時間であるが、早くもない。

女の子が一人ベンチに座っていれば多少なりとも危ないだろう。言葉を交わしていると、彼女は考えの浅い人間ではないと察することができる。

では、なぜ?

考えてふと浮かんだ事柄に黄瀬は思わず足を止めて振り返る。

彼女の背中は相変わらずあのベンチにあった。

やがて立ち上がり、周囲を見渡して団地の中に向かっていく。

おそらく、黄瀬の予想は間違っていない。

彼女は友人を待っているのだろう。共にオーディションを受けたという友人を。

こういう業界ではよく耳にする。本当かどうかわからないが、興味がない方がオーディションに受かることも少なくないそうだ。

しかし、あのカメラの前での彼女の様子を見ると、むしろオーディションを落としていたら、審査員の目が節穴だってことになる。

その場にいる誰もの視線を釘づけにさせた。間違いなく彼女の才能だ。

黄瀬は昔から他人の妬みや僻みを受けてきている。

それについては、さほど気にしていなかった。

男女の違いかもしれないが、深刻に思ったことはなかった。

妬みや僻みよりは自分を利用しようとしている者たちに辟易したものだ。それに姉も含まれてはいるが……



学校でのは大人しい印象があった。

女子によく見る光景の、何人かと連れ立って教室を移動したり体育の時も出番がなければ話をしている。

ごく普通の女子高生。

友人と話をしながら笑顔を浮かべている。が、その表情はハッと息をのむようなものではなく、本当に“普通”なのだ。

だからこそ、この学校で彼女がモデルをしているのを知っている者がいないのだろう。

おそらく、彼女の友人はこの学校に通っているわけではない。同じ団地に住んではいるだろうが、進路は別なのあろう。

見かける彼女にひとまず気まずげな様子がない。

「女の子って大変な面倒くさいんスねー」

部活の休憩時間に思わず呟くと先輩たちにキッと睨まれた。主に森山に。

「女の子が面倒くさいなんてことがあるか!」

その後、黄瀬は森山の独自の女子解釈について延々聞かされることになった。練習後も含めて。









桜風
16.5.20


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