なかぬなら 5






 ざあざあと雨が降る日もはそこにいた。待ち人が来るまでそれは続くのかもしれない。

それに気づいてからというもの、黄瀬は夜も必ず走るようになった。


センパイ」

姿を見つけて声を掛けると彼女はゆっくりと振り返った。

「濡れちゃうっスよ?」

雨の中彼女がぽつんと立っていた。雨の日も誰かを待っているときは傘を差している。だが、今日は手ぶらだ。せめてレインコートでも着ていればいいのに、と思ったがそういえばこの雨は先ほどから降り始めたものだった。

「ぬれねずみに言われても」と彼女は力なく笑う。

黄瀬も雨対策を行っていない。半袖にハーフパンツ。部活の時と同じ格好だ。

季節は夏になり、雨に打たれても凍えるようなことはないが、それでも風邪をひく原因にはなる。

「俺はこうして鍛えてるから大丈夫っスよ。ていうか、センパイ、俺のこと心配してくれるんスか?」

にっといたずらっぽく笑って言う黄瀬に「ばかでも風邪をひくって話、聞いたことがあるからね」と彼女は冷たく返す。

「ひどいっスねー」

嘆く黄瀬に向けてクスリと笑う気配があった。

そっと視線を向けてみたものの、彼女は笑顔ではない。

肩を竦めて黄瀬は「今日は誰も来ないっスよ」と彼女に言う。

はちらと黄瀬を見て「そうね、雨だし」と頷いて見せた。

「いつまで待つんスか?」

聞いていいものかといつも思っていたこと。だからこそうっかり口について出てしまった。

「もう帰るよ」

はわかっているのかそうではないのか。ただ、そう返した。

「明日も?」

「……待つ、と思う」

彼女自身、ここに誰も来ないことが分かっている。だが、もしかしたらという一縷の望みを抱いていつもここで待って、そして落胆しているのだろう。

彼女は何も悪くないことなのに。人を待っている間、彼女は何をしているのか。自分を責めているのだろうか。


俯く彼女に黄瀬は腕を伸ばした。

夏でも雨に打たれればさすがに体温が低くなるようで、布越しに接した体がじんわりと暖かく感じる。

「……これは一体どういうこと?」

黄瀬に抱き寄せられたが戸惑いながら問うてみた。

「昔の人が、“鳴かぬなら、ナントカカントカ 不如帰”っていってたじゃないっスか」

「言うね」

が頷いた。

「“泣かぬなら 抱きしめてあげる 不如帰”っスよ」

「なかぬ、の字が違う」

「細かいことは気にしないでよ」

眉を下げて黄瀬が情けない声を出すと胸の中のがクスリと笑う。

「ありがとう、黄瀬君」

耳に届いた言葉に黄瀬は驚き、を引きはがそうとするが、彼女は目いっぱい抵抗した。

「なんで!」

「なんでも」

「……そんなに俺に抱き着いていたいんスかー?」

からかうように黄瀬が言う。こういえばムキになって離れると思ったのだ。

しかしは「見られるよりマシ」とポツリと落とす。

その言葉を拾った黄瀬は彼女を抱きしめた。

「もー。可愛いなー、ちゃんは」

「“ちゃん”を許可した覚えはないよ」

すかさず声を掛けられて黄瀬は肩を竦める。

「厳しいっスね」

「君は甘やかすと調子に乗りそうだからね」

笑みを含んだ声音で言われて黄瀬は笑う。

「そんなチャラくないっスよ」

「相変わらず自己評価が高いのね」

「それが俺の長所っスから」

胸を張って言う黄瀬に「否定できないね」とが頷いた。


「ねえ、ちゃん」

「許した覚えはないと言ったけど?」

「学校じゃ言わないっスからー」

甘えたような声を出して黄瀬が言う。

嘆息吐いた彼女は「なに?」と用件を問うた。

「まだ、ここで誰か待つんスか?」

「どうだろうね」

「あ、じゃあ。俺を待つついでに待てばいいっスよ」

弾んだ声でいう黄瀬を見上げた彼女は「いいえ」と首を横に振る。

彼女の言いたいことが分からない黄瀬は首を傾げ、言葉の続きを待った。

「朝も夜も走ってたらオーバーワークってのになるでしょ」

黄瀬は眉を上げる。

「知ってたんスか?」

「そうね。なんとなく」

「あー、えっと。じゃあ……」

黄瀬にとっても、ここでに会えるのは正直貴重な時間だ。

学校ではなれなれしくできない。彼女に迷惑をかけるかもしれないし、相手にされない気がする。

「俺が夜走るときに連絡するから、その時は待ってて」

彼女はじっと黄瀬を見上げていた。

沈黙が痛い。

「こうして私はまんまと黄瀬君に連絡先を教えることになるのね。あの時は断ったのに」

肩を竦めていう彼女に「あ、」と黄瀬は呟いた。

「ダメっスか?」

けんもほろろ、取りつく島もなしといった感じで断られたあの時を思い出す。

「いいよ。来ない人を待つの疲れるって知ってるし。ついでに黄瀬君を待てばいいなら」

「え、じゃあ!」弾んだ声で黄瀬が目を輝かせると「じゃあ、言うね」と彼女は11桁の番号を口にする。

「え、口で?!」

慌てる黄瀬にクスリと笑って彼女はもう一度だけ11桁の数字を口にした。









桜風
16.5.27


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