| 生徒会の仕事が終わり、少し遅い時間に帰宅した。 食事も外で済ませた。 は現在一人暮らしをしている。 父とは死別し、母はいわゆるキャリアウーマンというやつで、海外赴任をしている。 それが決まったのが、が中学3年の時。受験校を決めたばかりで、ある意味まだ『間に合う』時期ではあったが、一晩悩んで日本で暮らすことを許してもらえた。 確かに海外での生活はこの先の将来に役立つかもしれない。 でも、学校のカリキュラム等を考えたらやはり遠回りになるかもしれないとも思った。 そのまま海外で生活するならまだしも、母が言うには海外赴任と言っても短くて1年、長くても3年程度とのことで。だったら3年間日本で生活して高校を卒業してからまた考えればいいと思ったのだ。 そのことを話せば母も納得したらしく、夏休みには自分の元に来ることという唯一の条件を出し、多少の心配を置いて海外へ飛び立った。 母と2人とはいえ、ファミリータイプの少し大きめのマンションで住んでおり、家事の分担はできていたので一人暮らしをしてもそんなに困ることはなかった。 ひとりだから特に、自分が納得する程度の食事と掃除で構わないし、面倒くさいこともあるが自由も大きい。 高校でできた友人のように料理が苦手というわけでもないし。 しかし、こんなときは心底不安でしょうがない。 というか、初めての経験である。 (どうしよう) 夜9時を回ったまだ夜としては浅い時間だが、自分の家のドアを乱暴に叩いている人間がいるのだ。 知らない人、だと思う。 警察に連絡を、と思ったがどうもその人は勘違いをしての家のドアを乱暴に叩いているらしい。 声をかけて「そこはあなたの家ではありません」というのは簡単だが、そのあとその人がどういう行動に出るかわからない。 「どうしたんだよ。ですか」 背後から声が聞こえた。 振り返ると見知った人物。 彼とは特別親しいわけではないが、彼の友人とはそこそこの友情を築いているとは思っている。 「火神くん?」 「ウス。何かあったのか?です」 「敬語苦手なら、いいよ」 「わりぃ」助かったという表情を浮かべて火神は彼女を見下ろした。 「んで、何してんだ?」 「あれ、ウチ」 「親父さん?」 「知らない人」 首を横に振る彼女はちょっとおびえた表情で。 どうしたものかと火神は悩む。 (つか、ウチの隣?) 彼女はどうやら自分の家の隣に住んでいるらしい。 彼女は校内でカントクと一緒にいるところをそれなりに見かけるし、黒子が親しい先輩らしい。 先日、テスト期間中であったが黒子が彼女を見つけて声をかけていた。 どうも彼女は読書家らしくて図書室の常連らしい。 よって、黒子とは顔見知りであり、知り合いである。 そんな彼女が学校の図書館に取扱いを依頼していた書籍があったらしく、その取扱いが決まったとか。 彼女を見かけた黒子はそのことを彼女に知らせたのだ。 「ほんと?」と嬉しそうに彼女は言い「取り置きしておきましょうか」と黒子が言う。 しかし、彼女は首を横に振って「それはズルじゃない。だめよ」と苦笑した。 「わかりました」 黒子が頷き 「で、具体的にはいつ入るの?」 と彼女が声音を小さくして問う。 「それはズルに入らないんですか?」 苦笑して黒子が言うと 「単なる情報収集よ」 と彼女が返す。 変な人だなーと思って眺めていたが、まさかこんな近くに住んでいたとは... 「んじゃ、あの人誰?」 首を横に振る彼女に「持ってて」と少し大き目のスポーツバッグを渡した。 「え?」と驚きの声を漏らす彼女に鞄を押しつけて火神は男に向かってみた。 「何してんだよ」 「あ?」 振り返った男はずいぶんと酔っぱらっているようで、そして火神は気づいた。 (こいつひとつ下だ) 自分の家の真下に住んでいる人物だと気付く。 引っ越してきた日、両隣と上と下に引越しの挨拶をしたのだ。 ただし、隣のの家には自分はいけなかった。 こちらでの生活の手続きのために少しの間滞在していた父が挨拶を済ませたと言ったのだ。 ともあれ、この男の所在は分かった。 「先輩」 名前は覚えていない。だが、先輩というのは知っている。 「え?」 「この人の家、オレの家の真下だから、誰か呼んで来てくれ」 「え、と。火神くんの家って」 「ここ」と指差した家に驚き、そしてコクリと頷いて階段を降りた。 まさかのお隣さん。 は火神の家の真下の家のインターホンを押し、事情を話した。 奥さんと思われる人が恐縮して現場に急行してくれ、目の前で大噴火を起こした。 呆然と眺めていると火神に「オホホ」と誤魔化すような笑みを向けてそそくさと去っていく。 夫を引きずりながら。 「こえぇ...」 思わず漏れた火神の声には噴き出す。 「あ、鞄。わりぃ」 そう言ってに向かって手を伸ばすと彼女ははっとしたように肩にかけているスポーツバッグを目の前に出てきた大きな手に掛ける。 「え?ああ、こちらこそありがとう。まさかのお隣さん。あ、でも。お父さんにちょっと似てるかな?」 「そうか?」 言われたことが無きにしも非ずだが、自分ではわからない。 「まあ、何はともあれ。お隣さん。これからもよろしく」 「おー」 敬礼を向けた彼女に軽く返した火神は先に歩きだし、自分の家の前で足を止める。 「じゃ、おやすみ」 そう言って家に入って行った火神には目を丸くして「おやすみー」と閉まったドアに向かって返した。 誰かと「おはよう」「また明日」以外の挨拶を交わすのなんて久しぶりで... 知らず口元が緩むのを引き締め、彼女も家にかえっていった。 |
桜風
14.8.4
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