| 約束 |
| 恐れるものは何もない。 そう思っていた時期もあった。 今日はクラシックのコンサートを鑑賞した。 正装をしなくてはならないような敷居の高いコンサートだった。 彼女の父親は、今でこそ交流はないようだが実家が所謂「いい家」だったらしく、教養や嗜みがある。 よって、その父親からの教育の賜物で、そういった場所でも彼女は怯むことが殆どない。 これは、少しつまらないと思う箇所でもある。 ...もうちょっと隙があってもいいのに。 だが、彼女に隙があればここまでは興味をひかれなかっただろう。 隙がないところが気に入ったのだから。 わがままだな... 高校1年の終わりから彼女と付き合いだして、あれから7年近く経っている。 今では「大人」として世間から認められるようになった。 バスケは大学で終わった。 終わったといえば聞こえが悪いが、終わらせたというのが正しいかもしれない。 引退を惜しまれていたが、さほど未練がなく、後悔はしていない。 ただし、たまにボールが、コートが、ゴールが恋しくなることはある。 だから、友人たちを誘って遊んだりはしているのだが、大学を卒業してからはそういった時間は中々取れず、結局バスケから足が遠のいてしまった。 ともに世界大会で戦った友人の中には、まだバスケを続けている者もいて、時々会場に足を運んで観戦している。 彼女を誘っていくと、楽しそうに試合を見ているので、少しだけ面白くないと思うのは、口が裂けても言えない小さな嫉妬心だ。 「ねえ、赤司くん」 「なんだい?」 隣を歩く彼女に声をかけられた。 見下ろすと彼女は不思議そうに見上げている。 「今日はどうかした?」 本当に敵わないなと思った。 「あとで」 そういうと 「わかった」 と彼女が返す。 予約していたレストランには時間通りに着いた。 ドレスコードのある店は基本的に利用しないが、今日は、ドレスコードがあろうとなかろうと問題がないから、たまには、と思ったのだ。 彼女は少し驚いたような表情を浮かべた。 「たまには、ね」 そういうと彼女は苦笑して 「緊張するなぁ」 といった。 案内された個室で食事を楽しみ、そして、短く息を吐いた。 彼女もそれに気づいて雰囲気が変わる。 ああ、本当に... 「君」 「はい」 「僕のものになれ」 そういうと彼女は失礼なことに、額を押さえて俯く。 呆れたようだ。 「君?」 「赤司くん。プロポーズって、和訳すると何?」 黙っていると彼女は「『申し込み』でしょ?」と言う。 それくらい知っている。 だが、このことに反論、異論は許さない。 ――されたくない。 彼女はそんな心情を見かしたように苦笑した。 「ねえ、赤司くん」 「なんだい?」 「交換条件があります」 「は?」 なんということだろうか。ここで交換条件というのだ。 「君?」 「わたしを守ろうと思わないこと」 「は?」 「赤司くんはご存知のように、うちの両親はあの人たちなの。戦い方..というか、コテンパンにする方法をよく知ってるし、そして、わたしの教養や嗜みは赤司くんもたぶん認めてくれてるでしょ?」 「それは、もちろん」 「お父さんはね、わたしがどこに行っても恥ずかしくないように躾けてくれているのよ。だから、猫をかぶっての振る舞いは、どこに行ってもお墨付きを頂けるわ」 そういって彼女は微笑んだ。 「だから、赤司くんはわたしを背負わなくてもいいよ」 「それは...」 「わたしが隣を歩くことを認めなさい」 彼女は指差して少し偉そうに言う。彼女の母親がよくしているように。 ふっと吐いた息が笑いに変わった。 「ああ、そうか。そうだね」 「そうよ。だって、わたしは赤司くんが唯一認めている、対等でいていい人なんでしょ?」 「そうだよ。では、改めて仕切りなおしてもいいかな?」 かっこ悪いけど、そう聞くと彼女は頷く。 「君、僕の隣を歩いてくれないか?」 そういうと彼女は 「まかせて」 と、力強く微笑んだ。 恐れるものはもう何もない。 隣には、彼女がいてくれると約束してくれたのだから。 |
桜風
13.5.1
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