同窓会





 がパソコンに向かって書類を作成していると、少し離れているところから聞きなれた声が聞こえて、思わず顔を上げる。

思った通り、緑間がいた。

同じ職場に勤めている彼は、予算の総括部署に配属されている。

妥協を許さない性格がぴったりと、両方の意味で言われている。好意的にも、そうでない意味合い的にも。

就職後の結婚だったから、は旧姓使用をしており、2人が夫婦であることはあまり知られていない。


どうやら、の所属する部署の予算担当者に話があって足を運んできたようだ。

ほとんどの人は知らないが、緑間がそうやって足を運ぶのはこの部署くらいなのだ。

思い切り私情を持ち込んでいる。

緑間は予算担当者の姿を探すふりをしてを見た。

目が合って彼女は苦笑する。

ちらと時計を見た。

終業時刻まであと1時間。

今日は、この後、息子の誠太郎を迎えに行って都立体育館へと行く。

青峰の試合の応援に行くのだ。

丁度皆の都合が合うので、同窓会的なものも兼ての応援で、青峰が「オレを口実に使うな」と苦笑していた。

しかし、ここ最近は緑間は残業続きで、試合開始に間に合うのは中々難しいかもしれない。

「緑間くん」

「、

物凄くむず痒いと顔に書いてある。

はずっと「緑間くん」と呼んでいたから全く違和感がないが、緑間は早々に彼女のことを「」と名前を呼び捨てにしていたので、それを今更同期だからと苗字呼びに切り替えるのは非常に落ち着かない。

だったら、名前で呼べばいいのに、とは思うが、公私混同は言語道断と彼が言い切ってしまったのだ。

今更あの言葉はなしとは言えず、緑間は大人しく自分の言葉のツケを払っている。

「今日、間に合いそう?」

「ああ、終業時刻は守るのだよ」

「それなら、安心」とは呟いて自分の席に戻ろうとした。

すると、フロアから黄色い声とざわめきが広がる。

緑間で見えなかったフロア入口を体を傾けて彼の体を避け、見ると、懐かしい顔が並んでいる。

そして、緑間を見上げると苦い顔をしている。

「あ、ちゃん!」

黄瀬が手を振る。

今でも売れっ子モデルの黄瀬は、女性職員の握手会が始まった。

「あれだね。これ、外にばれたら叩かれるよー」

「就業時刻内で何をやっているのだよ」

「緑間くんって、次は人事に行きそうだね」

「...いい加減、定時に家に帰れるようになりたいのだよ」

「優秀な人は大変だねー」

他人事のようにいう彼女も上からは期待されているが、旦那が忙しい部署に回されているので、子育てに支障があると拙いということから、比較的楽な部署に配属されている。

そういう意味で配慮されているのでいいところに就職したとお互い思っているのだ。

「あー、ちん。ひさしぶりー」

彼が動くとざわめきが広がる。

「俺もいるのだよ」

「...みどちんも久しぶり」

しぶしぶ挨拶をする紫原に「ああ、久しぶりなのだよ」と緑間が返す。

「どうしたの、2人とも」

とりあえず、フロア内で話をしているのもちょっと目立つので、廊下の隅に移動することにした。

黄瀬も何とか女性職員の包囲網を抜けてついてくる。


「ちょっと早く上がったから、ちゃんを迎えに来たんスよ」

「黄瀬ちんとは、そこで会った」

と緑間は顔を見合わせた。

不意に緑間の携帯が鳴る。

眉間にしわを寄せながらそれを手にした緑間が慌てて出た。

「何スかね?」

「浮気相手ー」

揶揄するように紫原が言う。

「そんな器用な人じゃないしねぇ」

がそう返した。

!」

「はい!」

鋭い声音で名を呼ばれたは、怒られると覚悟していたが、緑間が口にした言葉は全く違うものだった。

「誠太郎が、かどわかされた」

「...はい?」

「『かどわかされた』?」

黄瀬が紫原に言う。

「ゆーかいされたってこと」

「へー...え?!大変じゃないスか!!」

「そーだね」

黄瀬と紫原がそんな会話をしている傍らで、緑間は電話の向こうの相手と話をして通話をいったん切る。

「児童館の先生?」

「ああ、に電話をしたら出なかったから、と。席を外しているうちに誠太郎が連れて行かれたと子供たちに聞いたというのだ」

「あ、うん。今バッグの中で携帯鳴ってたんだね、きっと」

「どどどど、どうするんスか!」

黄瀬が慌てる。

「慌てるな。ここは迅速かつ冷静な対処が必要なのだよ。まずは、110番に電話をするのだよ」

「じゃあ、みどちん。早く!」

のんびりしていたように見える紫原も意外と慌てていたようで、緑間をせかした。

「わかっているのだよ!」

緑間がそういって携帯を手にして止まる。

「緑間っち!」

。110番は何番なのだよ」

「...117」

はそう答え、「黄瀬くん、携帯借して」と黄瀬に声をかける。

「いいっスよ。ちゃんも110番するんスね!」

は何も答えずにそれを受け取って、ダイヤルする。

!警察は仕事をしていないのだよ。時報しか流れないのだよ」

「もしもし、さつき?誠太郎、一緒?」

自分の隣で黄瀬の携帯を使って妻が友人に電話をしている。

その状況を目にして、緑間は少し落ち着いた。

「うん。あ、そう?ねえ、児童館の先生に声かけてくれた?」

「桃っちが、かどわかしの犯人だったってこと..スか?」

緑間を見ながら黄瀬が言う。

「かもねー。なーんだ、びっくりしたー」

紫原は安心したのか、どこからともなく菓子を取り出して食べ始める。

「紫原、ここで菓子を食べるんじゃないのだよ」

「えー...」

「いいよ。うん、先生にはこっちから連絡しとく。会場に直接行くの?え?来ちゃった??」

そういっては緑間を見上げた。

「ねえ、誠太郎の尊敬するお父さんがこんなところでサボってる」

「仕事に戻るのだよ」

そういって緑間が慌ててフロアに戻ろうとした。

「あ、先生には両親の友人が迎えにきたみたいって連絡しといて。確認とれたからって」

慌ててが言うと緑間は再び携帯を手にして電話をする。

「上がってきてもいいけど、顔見たら黄瀬くんと紫原くんが来てるから、一緒に待っててね」

はそういって通話を切り、「お騒がせしました」と黄瀬に携帯を返す。

ちんは、犯人がすぐに分かったの?」

「昨日、ちょっと話したからね。仕事が終わって誠太郎を迎えにいったらやっぱり試合開始に間に合いそうにないって言ったらなんかちょっと考えてたみたいだったから」

「そっかー」

「先生には連絡しておいたのだよ」

「ありがと」

「お母さん!」

エレベーターホールから声が聞こえて顔を向けると息子が駆けてきた。

「さつきお姉ちゃんが迎えに来てくれたんです」

「よかったね、お礼言った?」

「言いました。ねー?」

そういって誠太郎は少し遅れてやってきた桃井を見上げた。

「うん。誠太郎君はちゃんとお礼の言えるいい子だもんね」

さつきに言われて誠太郎はたいそう照れた。

そして、彼は緑間を見上げる。

「お父さんは、お母さんと同じところでお仕事をしているんですか?」

「今は用事があったからここにいるだけなのだよ」

「お仕事頑張ってください」

誠太郎の言葉に頷いた緑間はフロアに戻って行った。

、ごめんね」

桃井が申し訳なさそうに声をかけてきた。

「いいよ。すぐわかったし」

「お母さん、お仕事はいつ終わりますか?」

「あと1時間もないね。大人しくさつきたちと待っててね。黄瀬くんの傍にいたらたくさん人が来るから、離れておくといいよ」

「はい」

ちゃん、酷っ!誠太郎も酷いっスよー」

「冗談です。僕、涼太お兄ちゃんも好きです」

この場にいた全員が緑間がここにいなくて良かったと思った一言だった。

黄瀬がひときわそれを思ったのは言うまでもない。

「じゃあ、あとでねー」

そういって紫原は誠太郎を小脇に抱えてフロアを後にし、

「むらさきっち、待って!じゃあ、また後で。仕事頑張ってね、ちゃん」

と黄瀬が慌てて後を追う。

「もう、ちょっと待ってよ」とさつきが彼らを追って、その場が少し静かになった。

いや、今の今までがにぎやかだったのだ。

「さあ、もう一仕事頑張ろう」

そうつぶやいて彼女は伸びをした。









桜風
13.5.1


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