グラデーション 102





朝、少し早い時間に目が覚めて体を起こした。

右手だけで眼鏡をかけて部屋の中を見渡す。

全員良く寝ている。緑間はそっと部屋を出て行った。


昨晩、帰ろうとしたら赤司が寝落ちしていたこともあり、の母親が「雑魚寝になるけど泊まってけば?」と言ってくれた。

布団の数が足りないが、くっつければ何とかなるんじゃないかと言うことで結局泊まった。

昨日試合があった緑間たちは着替えを持っていたから良かったが、持っていなかった青峰と紫原はの父親に借りていた。彼女の父親の身長は緑間くらいあるらしく、2m超えの紫原も何とか着られるような大きさのものを持っていた。

Tシャツが何枚か提示され、全員息を飲む。

「娘LOVE」とか「女神愛」とか外に着て行ったら確実にが怒りそうなデザインだった。

「おっちゃん、作ったのかよ」

呆れながら青峰が言うと

「作ったけど、着る機会が無くてねー」

と返ってきた。

やっぱり怒られるようだ。

青峰と紫原は、まあパジャマのようなものだしとそんなに抵抗なくそのTシャツを借りて寝た。

ちなみに、桃井はの部屋でのベッドで寝ているはずだ。

確かに、の部屋のベッドは少し大きめ..セミダブルくらいの大きさだったと思う。


寝る前の日課が出来なかったことや、起きても自分の家ではないので何とも少し心許ないが、の家だから仕方ない。

とりあえず、水を貰おうとキッチンに向かった。

「あ、おはよ」

キッチンではが米を研いでいた。

「おはよう。早いな」

そう言って改めてを見るとジャージで、

「どこか行くのか?」

外に出て行きそうな感じだ。

「うん。凄く気になってることがあるから。あ、お水?」


緑間に水を出したは炊飯器のセットをする。

「皆何時に起きるかな...」そう呟きながらタイマーをしていた。

「じゃあ、まだ早い時間だし二度寝したら?」

そういってがリビングを出て行った。

「俺も行ってもいいか?外はまだ暗いのだよ」

玄関まで付いていってそういうと「別にいいよ」とが頷く。

「ちょっと上を取ってくる」

ジャージの上着を取りに戻り、一応携帯もポケットに突っ込んだ。

は既に玄関の外に出ていた。

スニーカーを履いて玄関を出るとピリピリと緊張した冬の早朝の独特な空気が頬を刺す。

2人でストレッチをして門を出て行った。


先ほど、に聞いたとことによると、彼女はほぼ毎朝走っていたそうだ。

それは、記録のための体力づくりだったとか。

「だったら、当分必要ないだろう」

「日課ってやらなかったら全然やらなくなるものだしね」

苦笑してが返す。

「それに、緑間くんがいちばん分かるんじゃないかな。いつもやってることをやらなかったら何だか気持ち悪くない?」

「...そうだな」

今朝、確かにちょっと気持ち悪かった。

「何処に行くのだよ」

緑間が問う。

「学校」

「学校?誠凛か?」

「うん」

「さっき、凄く気になってることがあると言っていたな。それと関係あるのか?」

「大有り」

は苦笑した。

彼女はナップサックを背負っている。それも関係あるのだろうか。

「それは、重くないのか?」

重いのなら引き受けようと思っていたが

「大丈夫。ありがとう」

と返された。


特に無理に会話をすることなく、誠凛高校に着いた。

正門はまだ固く閉まっている。

「どうする?」

緑間が聞いてみた。

「まあ、予想済み?」

そう言っては壁に沿って歩き出す。

とある地点に着いて「緑間くん、これ持ってちょっと待ってて」と言われた。

渡されたのは、が背負っていたナップサック。

「ああ」

受け取った緑間はがこの壁を越えようとしているのはわかった。良いかどうかはこの際置いておいて、壁越えする気満々のようだ。

抱っこしようかと思ったが、彼女は助走を付けて壁の真ん中辺りを1回蹴って壁の天辺に立つ。

「緑間くん、職質とか掛けられたら面倒だろうし、あっち、ちょっと行ったらコンビニがあるからそこで待ってて」

彼女はそう言って学校の中に消えていった。

言われたとおりコンビに行こうかと思ったが、戻ってくるときは何か荷物を持ってくるのではないかと思ってその場で待つことにした。

ジャージを着ているし、職質掛けられたら、ロードワークの途中で、休憩中といえば良い。嘘ではないし。


暫くしてが壁の天辺に現れた。

「わ、いてくれたんだ」

「ああ、手を貸すか?」

緑間はを見上げて言う。

「大丈夫」

彼女はそう言ってストンと壁から飛び降りた。

ジャージがもっこりと膨れている。

「何を取ってきたんだ?」

「テツヤ」

そう返してジャージのファスナーを半分くらい降ろした。

少しぐったりしているように見える。

「どうしたのだ?」

「たぶん、昨日1食抜かされてるのよ」

申し訳なさそうに眉を寄せて犬の頭を撫でる。

「少し行ったら公園があるから、そこまでちょっと歩こう」

ジャージの中に犬を抱えたままはてくてく歩く。

時折「ごめんね」と謝っていた。


公園に辿り着き、はテツヤ2号をベンチの上に載せた。

「ナップサック、ありがとう」

そう言って彼女が手を伸ばしたので、それを渡す。

その中から、マグボトルを出して持って来ていたプラスティック製のスープ皿にマグボトルに入れていた、少し温かくしたミルクを出す。

「ゆっくり飲んで」

そういいながらテツヤ2号を地面に降ろしてスープ皿を彼の目の前に寄せた。

はテツヤ2号の頭を撫でながら「ごめんね、ごめんね」と謝罪を繰り返していた。

そして、すっくと立ち上がる。

「緑間くん、ちょっとここお願いしていい?」

「え、ああ。何をしておけば良いんだ?」

緑間が問う。

「まだあるから、ゆっくり飲ませて。ちょっとコンビニに行って来る」

「気をつけていけよ」

そう声を掛けた緑間に軽く手を挙げては駆けていった。

皿の中のミルクがなくなり、緑間がお替りを注ぐ。

「よかったな、がいて」

おそらく、彼女は昨日から気になっていたのだろう。だが、自分の体力的にどうしようもなかった。両親のどちらかがまだアルコールを摂取していなければ車を、と頼んだのだろうが、が起きたときには母親はビールを開けていたし、父親も飲みながら帰ってきたと言っていた。

その言葉を聞いたとき、は一瞬表情を歪めた。つまり、この犬の事が心配で、かわいそうで、申し訳ないと思ったのだろう。

「わん!」

皿の中がまた空になっている。

お替りを所望されているが、残念なことにボトルの中にはもう無い。

「もうないのだよ」

そう言ってさかさまにしてみせる。

「くうん...」

しょんぼりとした。

タッタッタと軽快な足音が近付いてきた。

「ごめん、お待たせ。ありゃ、もう飲み終わったんだ」

は苦笑して緑間とテツヤ2号を見下ろした。

「ああ、なくなってしまったのだよ」

「よし、じゃあ帰ろうか」

ボトルと皿をナップサックに仕舞い、コンビニで購入したものもそれに突っ込んだ。がそれを背負い、テツヤ2号をまたジャージの中に入れる。

少し駆けたはテクテクと歩き始めた。

それに合わせて緑間も歩調を合わせる。

「どうした?」

「何か、イヤみたい」

走り始めるともぞもぞと動くそうだ。気持ち悪いのかもしれない。乗り物酔いのような感覚で。

「...そうか。なら、ゆっくり帰るか」

「うん、ごめんね。緑間くんはロードワークのつもりで着いて来てくれたんだろうけど」

「いや」

緑間は短く応える。

(この時間なら、誰にも邪魔されないと思っただけなのだよ)

まさか、この犬が一緒になるとは思わなかったが、それでも中々いい朝を過ごすことができて、緑間の機嫌はかなり良かった。









桜風
12.12.1


ブラウザバックでお戻りください