グラデーション 109





「オレ、ちんちの子供になる!」

紫原が高らかに宣言した。

「遠慮して」

が静かに返した。

「なんで!」

「面倒見なきゃいけない人が増えるからよ。面倒だ」

が冷静に返した。

ちなみに、紫原が先ほどのように宣言したのは、と彼女の父親の2人があっという間に焼き菓子を作ったからだ。

この家に居たら美味しいお菓子がたくさん食べられる。


「そういえば、さん。今日の夕飯は何を作る?」

娘と一緒に台所に立てると思ってウキウキしながら彼が問うと

「あ、今日わたし夕飯は外で食べる約束になってる」

と返された。

「何で!」

心外だったらしい。彼は思いのほか大きな声を上げた。

「昨日の打ち上げ」

「バスケめぇ...」

心から憎々しげに唸る彼に、バスケ部員たちは複雑な心境に陥る。

「つか、カントクんちに集合だよな。それからどっか行くのか?」

「さっき電話したとき、カントクってば「今日はちゃんこ鍋のリベンジなのよ」って言ってたけど...」

さん。僕も付き合うんで早く行きましょう」

黒子がすぐさま言う。

「へ?」

が首を傾げた。

「オレも手伝うから、早めに行くぞ」

火神も言う。

「え、何。どうしたの?」

は2人を交互に見た。

「カントクのちゃんこ鍋は...まず、材料が切られていないんです」

「...まさか、わたしがあれだけ材料は切るようにって言ってるのに?」

冷ややかにが問い返す。

だが、それに黒子と火神は頷いた。

「しかも、皮の剥かれていないバナナが入っているんだ」

火神がそれはそれは恐ろしいことのように言う。

「何のバツゲームなのだよ...」

緑間が呟く。

「そう!まさにそれなんだよ!!」

わが意を得たりと言わんばかりに火神が緑間を指差して言う。

「テツ。お前んとこのカントクって、さつきと同レベルか?」

青峰が呆れながら答えにくい質問をする。

「大ちゃん!」とさつきが不服そうに声を上げる。

「たぶん、桃井さんのほうが、さんのアドバイスをきちんと聞く分、レベルは上だと思います。カントクは、勝手に色々アレンジするので」

遠い目をしながら黒子が応える。

は盛大に溜息を吐いた。

「なあ、タイガ。私、今日の行かなくていいか?」

「お世話になったので、アレックスさんも」と昨日誘われたのだ。だから、行く気で居たのだが、何やら恐ろしいトラップが待ち構えているらしい。

「や、アレックス。待て。が居るなら大丈夫だ」

「そうです、さんが居るから大丈夫です」

火神と黒子が自身満々に保障した。

は溜息をつく。

「今日、5時からだったっけ?」

「そうです」

黒子が頷く。

は部屋の中の壁掛け時計を見た。

「じゃあ、3時ごろ強襲するかー」

(((強襲か...)))

表現に引っかかった者たちは心の中で突っ込みを入れる。

「オレも行くし!」

紫原が手を上げた。

「いやいや、いい加減家に帰ったらいかがでしょうか。あと、ベンチが違うって何度言ったら分かってくれるのかしらー」

が言うと

ちんのご飯食べに行くだけだから問題ないよ」

と彼なりの理屈で応えられた。

「大問題なので却下します」

冷ややかにが言う。

ちん!...黒ちんズルイ」

「え、今度は僕ですか?」

黒子が困ったように声を漏らす。

は「あと、よろしく」と視線で訴えた。

そして、この話題に飽きたはテツヤ2号と遊び始める。


「いやー、娘のモテ期を目の当たりにするとはねー。結構あの子達、露骨なのがこれまた可愛いわ」

楽しげに声を漏らしている母親に対して

「あいつら、悪い虫だよねー。退治しなきゃねー」

と父親は零している。

「いいじゃない。そんなことより、あの子の本命って誰かしらー」

「いないでしょ。お父さんがいちばんだって言うよ」

愉快気に呟く彼女に対して面白くなさそうにしている彼。

「自分でフラグを折ったくせに」

笑いながら彼女が言った。

「ぐっ」と彼は言葉に詰まる。

幼い頃の娘の疑問に応えたことにより、彼は彼女の言うところの『フラグ』を折った。

彼女が、なぜ自分のお母さんは料理が出来ないのかと素朴な疑問を口にしたのだ。どうやら、幼稚園でからかわれたらしい。

そのとき、彼はこう応えた。

「この世界は、料理が出来ない人と料理が出来る人が結婚するようになってるからね。ボクが料理できる人だから、さんのお母さんは料理が出来ない人なんだよ」

よって、世界中の父親の憧れの「わたし、大きくなったらお父さんのお嫁さんになる」という娘の言葉を聞くことが叶わなくなった。

何せ、彼の娘は3歳のときから包丁を握っていたのだから。

素朴な疑問を口にしたときには、既に立派に父親の料理の手伝いができていたのだ。

よって、「初恋はお父さん」などという現象は起こることもなく、現在に至る。

「くそう...」

彼は心底悔しそうに毒づいた。









桜風
12.12.9


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