| 全体練習の後は、自主練習の時間となる。 フィジカルトレーニングをするために、トレーニングルームに移動するものも居るが、結局殆どが体育館に残って練習をするため、は毎回新しいドリンクを用意していた。 その日もドリンクサーバーに新しいドリンクを用意して体育館に戻っているところだった。 水があるのは体育館の外で、ちょっと不便だと思っていた。 だが、今回はそれが幸いした。 体育館に戻る途中、人の声が聞こえた。 聞き慣れた声というものは耳に届きやすい。 「...さつき?」 は首を傾げ、声の元へと向かう。 言い争い、と言うには少し違う気もするが、和やかな雰囲気は感じ取れないため、軽く駆け足だ。 「さつき?」 建物の陰、というのも気になったことのひとつだった。 そして、はそれを目にした途端、ドリンクサーバーの蓋を取って、その場にぶちまけた。水を掛けられれば驚いて動きは止まる。今回、水ではなくて、アミノ酸ドリンクだが... 男達が数人桃井を囲っていたのだ。 は、桃井を組み敷いていた男の肩を蹴っ飛ばして彼女に自分のジャージを渡す。 「助けてくれる人のところに走って!」 「え、でも...」 「走りなさい!」 鋭く言われて、反射で走り始める。 浮かんだのは、中学からの友人達の顔。 桃井が振り返るとひとりが自分を追いかけている。 は履いていた靴の片方をその男の後頭部に投げつけ、何事かを口にした。 彼女が口にしたのは男達にとっての最低の侮蔑の言葉だ。 彼らは怒りに任せてに襲い掛かった。 彼女はそのまま、くるりと反転して背後の山の中に駆け出した。 「大ちゃん!」 体育館入り口から桃井に呼ばれて青峰は練習の手を止めた。 「何だよ」と面倒くさそうに振り返って目を見開く。 「おま、ちょっ...!どうした!!」 すぐに浮かんだのは最悪の事態。 「桃ちゃん!」 実渕が自分のジャージを彼女に掛ける。 引っ掛けているジャージは彼女の体型に対して小さかったのだ。 安心したのか、彼女は泣き始める。 「桃井、どうした。何があった」 赤司が彼女の頭上で問いを発する。 「桃井」 泣いて返事をしない彼女に苛立たしげに赤司が名を呼ぶ。 「赤司っち。もうちょっと優しく...桃っち、何があったんスか?」 彼女は首を横に振るだけだった。 「もう少し落ち着いてからの方がいいんじゃないかしら?」 実渕が言う。 「さつき、ひとつだけ答えろ。されたか、されてないか」 彼女は首を横に振り「されてない」と小さく答えた。 とりあえず、最悪の事態ではなかったらしい。 しかし、詳しい状況は全く分からないままだ。 「もう少ししたらさんが戻ってくると思います。彼女にお願いした方が...」 同性の彼女に聞いてもらうのが良いと思った黒子が言う。 桃井は顔を上げた。青ざめている。 「...を助けて...!」 縋るように青峰に言った。 「がどうしたんだよ」 「が、助けてくれたから...わ、私...」 「はっきりと話せ。君がどうした」 「私、を..助け、て...山の中。あの人たち、引き付けて...」 桃井の話を聞いた彼らはアイコンタクトを取る。 おそらく、何者かは桃井の言葉では不明だが、彼女は複数の男達に襲われ、それを目撃したが彼女を助けて、そのまま桃井が逃げる時間を稼ぐために男達をひきつけ、山の中に逃げたと言うことなのだろう。 この合宿所は山に囲まれている。山の中と言っても広い。自分たちで探すにしても、確実に遭難者が出ると思われる。 ビタン! 突然上のほうから音がした。鳥が窓ガラスに激突したのだろうか。 しかし、続けてバンバンとガラスを叩く音がし、怪訝に思った火神がスタンドを見上げると、今話題に上っていたがガラスを叩いている。 「何であんなとこにいんだよ...」 溜息を吐いて火神がスタンドに上がっていく。 「...、無事のようだぜ」 青峰が言うとコクコクと桃井は頷いていた。 「あーけーてー」 「は?ここ嵌め殺しだぜ?」 ガラス戸は開かない。 は上を指差した。 上に換気のための小窓がある。 「あそこから入るのか?」 「火神くんには無理でも、わたしにはできる」 「あー、ちびだもんな」 「誰がチビだ!」 しかし、その換気の小窓の鍵まで火神は手が届かない。 「台か何か探してくるわ。ちょっと待ってろ」 「それ!それ使って!!」 窓の傍に置いてある棒を指差した。 「これか?」 「そのためにあるもののはず。火神くんぶきっちょそうだから、器用そうな人に頼んで。氷室さんとか超器用そう」 「うっせ!オレがやる」 「あんま時間掛けないでねー」 ムキになって火神がその棒で鍵を開けようとしたが、中々難しい。 「よこせ」 そう言って棒を奪って難なく鍵と窓を開けたのは緑間だった。見ていられなかった。 「、どうやって入るのだよ」 緑間が問うと、 「ちょっと離れてて」 とが言う。 彼女の言葉に従い、窓から離れた。 彼女は跳ね、一度窓を蹴って小窓の入り口まで手を伸ばす。 そこからするりと体育館の中に入り込んだ。 「サルか」 「五月蝿い、ゴリラ」 火神の言葉には返し、「さつきは?!」と緑間に問う。 「無事だ」 「良かった...」 は安堵の息を吐きながら心からの言葉を口にする。 「つか、お前ならあそこから下に降りて入り口から戻れるだろう」 火神が言う。 の身軽さは何度か目にしている。 「今は無理」 はそう言ってスタンドから降りていく。 「、靴はどうしたのだよ」 彼女の足元は靴下だった。 「途中で捨てた。片方しか履いてないと逆に走りづらかったし。あ、ごめん。汚しながら歩いてるね。後で掃除するから許して」 は振り返って緑間に言う。 「いや、それは別に良いが。怪我をしているんじゃないのか?」 「まあ、少しは」 そう言うの腕や脚には擦り傷が沢山あった。山の中を走ったので枝とかを引っ掛けたのかもしれない。 「!」 彼女の姿を目にした桃井が駆け出した。 「あ、よかった。無事...ちょっと無理!」 桃井の全速力を受け止められるだけの体力は残っていない。 結果、桃井に押し倒される形になり、その勢いのまま後頭部を打った。 「え、ちょ..!!!!」 「さつき、お前ひでーな。自分の恩人、気絶させやがって...」 青峰が呆れて言う。 「ははは。ウチのじゃじゃ馬はまったく無茶をするなー」 苦笑して木吉がを抱え上げた。 「赤司、今日は少しオーバーワーク気味だったから俺はもう上がるよ」 そう言った木吉に「わかった」と赤司が返す。 「桃井さん、を寝かせてあげたいから部屋の鍵を開けてくれないかな?」 と桃井はこの合宿の宿舎では同室だ。 「あ、はい」 慌てて桃井は立ち上がる。 桃井はを心配そうに見上げながら宿舎に続く廊下に向かって歩いていたが、向こうからやってくる人物達を見てビクリと反応し、木吉の影に隠れた。 廊下側から体育館に入ってきたのは、チームの監督と、数人の外国人の男達だった。 (あいつらか...) 赤司が目を眇めた。 すれ違いざまに男の一人が、木吉に抱えられているを見て何かを言った。日本語ではない。 「赤司」 監督に呼ばれて彼は返事をした。 「こちらは、今度の大会に参加する代表チームの人たちだ。こっちの、キャプテンの彼の学校の姉妹校と練習試合を組んでいたそうだ。せっかく日本に来たんだから、と挨拶に来られたそうだ」 キャプテンらしき男が握手を求めてきた。 赤司はそれに応える。 (好都合...) 背後の殺気に近い怒気を感じながら赤司は表情を変えることなく挨拶を済ませた。 「良く我慢したな」 彼らが去っていき、振り返ってチームメイトたちに言った。 (征ちゃんが、ね) その表情を見て実渕は溜息を吐いた。 |
桜風
12.12.23
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