グラデーション 121





ホールの自動販売機にコインを入れてボタンを押そうとすると、下から別の手がにゅっと伸びてきて、『コーンポタージュ』を押された。

ふたつ隣の『おしるこ』を購入しようと思っていた緑間はにゅっと手を伸ばしてきた人物を不機嫌に見下ろし、慌てた。

?!」

「あははー、やっぱ怒られた」

笑いながら彼女はそう言ってコインを入れて、彼が購入しようとしたおしるこを購入して渡す。

「ごめんねー、ほんのイタズラ心」

彼女の言葉に「いや」と緑間はバツが悪そうに視線を逸らした。

「動いて大丈夫なのか?」

先ほど体育館で見たときから既に歩き方がおかしかった。

当然だ。靴も履かずに山の中を駆け回ったのだから。

靴、左のみだがそれは回収した。

桃井曰く、自分を追いかけてきた人物の後頭部に見事にヒットしたと言うのだ。

お陰で逃げ切れた、と。


緑間はひょこひょこ歩いているを抱えてソファに降ろした。

「わー、ありがとう。重かったでしょ」

「普通なのだよ」

「そこは...って、まあいいか」

は笑って緑間の邪魔をしてまで購入したコーンポタージュの缶を開けた。

緑間もに渡されたおしるこの缶を開ける。

「ねえ、わたしこういうつぶつぶが入っている系の飲み物買わないんだけど、最後までちゃんと粒が飲めるの?」

「おしるこはこしあんだろう?」

「...そうでした」

苦笑して肩を竦めるは缶を振りながらコーンポタージュを飲む。粒コーン入りなのだ。



「なに?」

「少しでも、俺たちを呼ぼうとは思わなかったのか?」

足元に視線を落としたままの緑間が問う。

「うん、思わなかった」

「危険だと...」

「思った。けど、桃井が体育館入り口まで逃げ切れれば勝ちだとも思った」

「...勝ち?」

「わたしは、自分の目的を達することをそう表現します」

だから、負けなかったらそれは即ち勝ちということもある。

「心に疚しいことがある者は、他人の目を嫌う。だから、桃井はあそこに連れて行かれた。だったら、人の目を呼べばよかったのだよ」

悔しそうに緑間が言う。

「危ないじゃない」

「どっちが...!」

緑間が声を上げた。

「どっちが、危ないことなのだよ」

感情を抑えるように、唸るように緑間が言う。

は目を丸くして緑間を見上げていた。

呆れて説教という流れは何度か経験したことがあるが、怒られた。

本気で怒られたのは初めてだ。

が、昔から俺たち選手を色々と気遣って、環境を整えてくれているのは分かっている。だが、そこにの犠牲があるなら、俺達は..俺は、嬉しくないし、感謝できないのだよ」

すっと緑間がを見た。

「誰かを傷つけてまで我を通すのは、ただのエゴなのだよ。思いやりでも何でもない。そんなものは、俺は要らない」

の顔の表情が消えた気がした。

彼女は人付き合いが苦手だ。こういう場合にどう反応したらいいのか分からないのかもしれない。

(かく言う俺も人の事は言えないが...)


緑間はすっくと立ち上がった。

缶をゴミ箱に捨て、自室に戻る。

階段を昇る前、ちらとを振り返った。

ソファに座ったままの彼女は俯いていて表情が見えない。

ズキンと胸が痛む。彼女を傷つけた。

自分が傷ついたから相手を傷つけても良いなんて理屈は無い。

だが、わかって欲しかった。

彼女が大切に思ってくれているように自分たちも彼女を大切に思っている。

「はぁ...」

緑間は溜息をついて階段を昇る。

ひとり置いていくのは心配だが、戻ることもできない。


俯いていたは顔を上げた。

『エゴ』と言われた。

自分の行動がそれだといわれたのだ。

自動販売機の隣に設置してあるゴミ箱に向かって缶を投げた。

まっすぐ飛んでいった缶はゴミ箱の中に納まる。

立ち上がったはエレベーターに向かって歩き、到着を待つ。

「捨てちゃおうか」

ドアが開く音と共に、はそう呟いた。

それがどうも楽そうだ。

エレベーターのドアが閉まる時にはいつもの顔をしただった。









桜風
13.1.16


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