グラデーション 121





自分の感情に、黄瀬は正直驚いていた。

先ほど、桃井が何者かに襲われ、それをが助けたと言う。

そのは、ちゃんと無事に体育館に帰ってきた。

しかし、桃井の突進により彼女は床に後頭部を激突し、そのまま気絶して体育館を後にした。

彼女と入れ違いに入ってきた、今度の大会に出場すると言う国のチームの代表選手が数人、なぜか体育館にやってきた。

そのときの桃井の反応を見て、全てを察することが出来た。

(こいつらっスか...)

そして、その一人がを見て何かを言った。

聞き取れなかった。

聞き取れても自分に理解できるかどうかも怪しいが、ただ、そいつらの表情、雰囲気でそれが侮蔑の言葉だと言うことは察することが出来た。

怒りで目の前が真っ赤になるという表現を耳にしたことがあるが、実際、真っ赤になるものだと言うことを知った。

それを堪えることができたのは、の行動の意味がちゃんと読めたからだ。

それは、他の5人も同じだったらしい。

元々気の短い青峰や紫原でさえ、何とか自分を抑えていた。


黄瀬はそのドアの前で一度深呼吸をする。

先ほどのことを思い出したら、腹が立ってきた。怖い顔をしているかもしれない。

心を落ち着け、「よしっ」と呟いて、ドアをノックした。

「いたい...」

ノックすると同時にドアが開いたため、ドアではなく、中から出てきた人物、即ちのおでこを叩いてしまった。

「わ、ちゃん!」

「黄瀬くん、酷い...」

おでこを擦りながら彼女は黄瀬を見上げる。

「ホントごめんっス!」

平謝りを始める黄瀬に、は笑った。

「ホントはそんなに痛くないよ」

ホッと息を吐く黄瀬に「何か用?」とが問う。

「あ、うん。えっと...屋上、に行かないっスか?」

「屋上?いいよ?」

は頷いた。何か話があるのだろう。

黄瀬は視線を足元に落として気付いた。

「足、痛いんスか?」

何だか立っているの体重の掛け方がおかしい。

「まあ、文明の利器の素晴らしさを思い知ったって言うか...」

苦笑いを浮かべるを黄瀬はひょいと抱えた。

「オレが運ぶっス」

「荷物みたいに...」

の言葉に苦笑して黄瀬はそのままと共に屋上に向かった。


ちゃん。これ、着てて」

そう言って自分のジャージを脱いで彼女に渡す。

「黄瀬くん寒いでしょ」

「こうするから大丈夫っス」

そう言ってを後ろから抱きしめて、ブロックの上に座った。

は大人しくされるがままだった。

(こういうの、慣れっこになってしまった...)

は呆れた。これは過剰なスキンシップのはずなのに、いい加減、黄瀬のそれには慣れてしまったのだ。

「ねえ、ちゃん」

(前言撤回、これは恥ずかしい)

これまで大体前とか横とか、そういう位置からのスキンシップだったが、今回は後ろから。

しかも、黄瀬がブロックに座っているので重くは無いが、顔の位置が、声が近い。

「...なに?」

が返す。

「今日、桃っちを助けられたのはちゃんしか居なかったのは、わかってるっス」

「...ん?」

何の話が始まるのだろう。

(とりあえず、背後からがっちりホールドされている身としては、逃げようもないし...)

「山の中に逃げたのだって、オレたちを守ってくれたんスよね」

「寧ろ、さつきが逃げる時間稼ぎ」

「あそこなら、大きな声を出せば誰かには聞こえたと思うっス」

それは、も否定しない。

一瞬それを考え、声を飲んだのも事実だ。

ちゃん、好きっス」

それは、いつもの告白と明らかに違った。

いつもは逃れることが出来る、その道を用意されていたように思える。

だが、これは逃げることが許されない、まっすぐな言葉。想い。

「黄瀬..くん」

「いつも言ってるから、オレが言うと言葉が軽くなってるかもしれないけど、けど、気持ちは全然減ってないっス」

真摯な声。

彼は、ひとつだけ逃げ道を用意してくれたのかもしれない。

今の言葉を、目を見て言われたら自分は何も言えない。

瞳を見たら、きっと掴まってしまう。

黄瀬のたまに向けていたまっすぐな瞳を思い出しては俯く。

「き、せ..くん」

喉が渇く。言葉が上手く出てこない。

「あー、やっぱちゃん抱っこしてても寒いっスね」

一度強くギュッとした黄瀬がを解放した。

ちゃんが風邪を引いたらいけないっスから、戻ろう」

そう言って黄瀬は再びを抱き上げ、屋上を後にした。









桜風
13.1.2


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