グラデーション 122





彼女の宿泊している部屋は3階にある。

エレベーターを使えといったが拒否された。

ここのエレベーターは「ドアが閉まります」など、音声で知らせるタイプのもので、この時間はさすがに五月蝿い。

何より、消灯時間を過ぎているのに出歩いているのがバレてしまう。

それは面倒くさい、と彼女は言って階段をえっちらおっちら昇る。

「いいから、オレに運ばれろ」

紫原みたいに小脇に抱えて運んでやってもいいが、それがイヤなら別の運び方をしてやると言っても「いやー」と拒否する。

かといって強引に運ぼうものなら、彼女は暴れるだろう。階段を落ちることも辞さない覚悟だ。

仕方ないので、青峰はの歩調に合わせて階段を昇るが、これがのんびり過ぎてちょっとイライラする。

彼女は左足を一段上の段に乗せたら、その段に右足を乗せている。ひょいひょいと昇らないのだ。

(や、昇れないんだろーな)

靴を履かずに山の中を走るなど正気の沙汰ではない。

足の裏は酷いことになっていたのではないだろうか。昔の人のように草鞋生活ならまだしも、靴で足を大切に保護しているのだから、そんなに鍛えられていないだろう。


不意に、ぴと、と自分の頬に手を当てられては不思議そうに青峰を見上げた。

「なに?」

「や、お前ってやっぱ体温高いよな?」

先ほど持ち上げたとき、ちょっと温かいと思ったのだ。

「ううん、基礎体温は低い方だと思うよ」

「んじゃ、今熱あんのか?」

少し心配そうに青峰が問う。

「怪我したら熱持たない?」

「怪我したトコが熱持つってならきいたことあるけど。つーか、熱持つくらいの怪我ならウロチョロすんな。さつきに気を使って外で電話してたんだろうけどよ」

青峰の言葉にはちょっと拗ね、「さつきに気を使ったんじゃないもん」と言う。

「んじゃ、なんでわざわざ1階に降りて外に出て電話してんだよ」

「家族との会話を聞かれるのが恥ずかしいだけ」

ポソリとが言う。

「お前の場合、本気で今更だぞ?」

眉間に皺を寄せて青峰が言った。

年末に彼女の家に宿泊したことで、家族間の会話を長々と見た。

平和そうだった。

彼女がちょっと変わっていると言うか、マイペースなところも納得できた。

「中学んときによ」

突然青峰が話を始めた。

「ん?」

「黄瀬が、とさつきが崖で落ちそうになっててどっちか片方しか助けられねぇってなったら、どっち助ける?って聞いてきたことあんだよ」

「黄瀬くん、そう言う話題好きそうだよねー」

は苦笑した。

「で、どう答えたの?」

分かってるけど、と言いながらが問う。

「さつき」

「だよねー」

嬉しそうには笑った。

「つか、って絶対呪いみたいな気持ちの悪い幸運で生き残りそうじゃねーか。生き残る確率って、絶対、お前なら8割くらいあるって」

「否定できない」

は頷く。結構失礼なことを言われているような気もしたが、自分でも納得だった。

ゆっくり昇っていた階段の一番上に着いた。やっと3階だ。

あとは部屋に戻るだけ。

「けど、確率が五分五分なら..たぶんだ」

は驚いて青峰を見上げた。

「なに、言ってんの...」

「うん、だな」

青峰が頷いているのを見て、は眉間に皺を寄せる。

「さつきを助けなきゃ、は納得しないと思う。んが助かる確率があるなら、オレもさつきを助ける方を選ぶ。けど、お前の希望を叶える引き換えに失くすなら、オレは恨まれ続けてでもお前を助ける。オレのエゴで」

青峰が突然そう言い出した意味が分からない。

「どうした、の。突然...」

困惑したようにが言う。

「オレが何でこんな時間にウロチョロしてたと思う?」

青峰が問う。

「トイレ?」

「部屋ん中あるだろ」

(そういえばそうだ)

は納得した。

「昼間の、思い出してすげームカついたから」

殺気を放ちながら青峰が言う。傍に居たの肌もピリピリする。

「腹が立ちすぎて眠れなくなったんだよ」

「でも、結果無事だったじゃない」

「オレはお前のそう言うところ好きじゃない」

青峰がきっぱりと言う。

「そういうところ?」

「自分を大切にしないところ。お前が本気を出しゃすげーの知ってっけど。だからってその分他人の犠牲になっていいもんじゃねーよ」

そう言っての顔をじっと見た。

「さつきももオレが助けてやるから、「助けて」って言えよ」

「...片方しか助けられないのに?」

挑むようにが返した。

「だったら、お前だけ助ける」

「やだ。お断りよ」

の言葉に青峰はカッとなった。元々気が長いほうではない。

青峰はの顎を固定して強引に唇を奪おうとした。

しかし、彼女の脳裏には年末の出来事が浮かび、そのまま青峰の体を強く押して拒絶する。

「わ...」

階段を昇ったところでそんなやり取りをしていたため、青峰は足を滑らせ、階段を落ちた。

――はずだった。

そうならなかったのは、

「重っ!筋肉重っ...!!縮め!!」

と言いながら青峰の腕をが掴んでいるからだ。

青峰の体が階段から落ちそうになるのを目にしたは、利き腕を咄嗟に伸ばして青峰の手首を掴み、反対の手を階段の手すりに伸ばして自分も一緒に落ちるのを防ぐ。

青峰が体勢を立て直したのを確認した

「大丈夫だね?怪我してないよね?!」

と確認する。

「あ、ああ...」

呆然と呟く青峰を確認し、

「よし!じゃ!!」

と逃げていった。

「何が助ける、だ...」

階段で蹲り、彼女の姿が見えなくなって搾り出すように呟いた。









桜風
13.1.9


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