グラデーション 122





「おかえりなさーい」

同室の実渕が声をかけてきた。

振り返った彼は「ちょっと、征ちゃん?!」と慌てる。

「どうしたの、征ちゃん。ほっぺが赤いわよ」

そう言ってタオルを水で濡らしてきて彼の頬に当てる。

「誰かと喧嘩でもしたの?」

(そんな勇者知らないけど...)

もしかしたら、キセキの世代にそんな勇者がいるかもしれない。

「何でもない」

静かに赤司が返す。

赤く腫れた頬。薄っすらと爪で引っかかれたような痕も見える。叩いたその人の爪が当たったのだろう。

バスケをしている以上、爪を伸ばすことはまず無い。

だから、選手ではない。

ならば残るはふたつにひとつ。

否、ひとりだ。実渕は確信した。

ちゃんと喧嘩でもしたの?」

覗うように、労わるように実渕が言う。

「いいや、違う」

喧嘩ではない。自分が一方的に彼女を傷つけただけだ。

自分は知っていた。なのに、彼女を傷つけてしまった。

(何が、僕なら全てから守れるだ...)

自分で傷つけていたら世話のない。

心配する実渕を他所に、赤司はそのままベッドに入って眠りについた。



「ただいま」

ドアを開けて入ってきたの目が赤くなっていた。

(赤司君にそんなに怒られたの?!)

「え、と。赤司君、そんなに怒ったの?」

聞いてみた桃井には首を横に振って言葉を返さなかった。

「何かあったの?」

「ううん、何でもない。ね、お風呂入っていい?」

「いいよ。足、凄くしみるかもよ」

態と明るく言うと、は笑って「かもねー」と言って着替えを持って部屋に着いているユニットバスに向かった。

「...明日赤司君に聞いてみようかな。私も悪かったんだし。むしろ、私が悪かったんだし」

隙を見せた自分がいちばん悪かった。

それを助けてくれたのやり方は、おそらく皆は納得いっていない。

でも、彼女が何を思ってその行動に出たかは皆分かっている。だから、強くいえないのだ。

しかし、明日はたくさんお説教されるだろう。

本日たくさん説教された自分が思うのだから、間違いない。

桃井はが入っているユニットバスに向かって手を合わせた。

「ふぎゃー」

どうやら物凄くしみているらしい。



翌朝の練習中に黄瀬と緑間が首を傾げていた。

「どうしたの?」

実渕が声をかけてみる。

「あ、実渕サン。ちゃんが何か..様子がおかしいなって」

「足は痛いのだろうが、どこか...怒っているのだよ」

声を潜めて緑間が言う。

「そう!あれ、絶対に怒ってるっスよね」

うんうんと黄瀬が頷く。

基本、感情の起伏のないだが、たまに物凄く怒ったりする。

その場合、大抵相手が悪いことが多い。

紫原がいい例だ。彼女の頭上でお菓子を食べて物凄く冷ややかに怒られた。彼女は烈火のごとくは怒らない。

「あ、そうか」

黄瀬が呟く。

怒っているにしても珍しいと思ったのだ。

いや、怒ること自体珍しいのだが、それが持続している様子なのが凄く珍しい。

気持ちの切り替えは結構あっさりしていたと記憶している。

「なに?」

実渕が問う。

「誰っスかね、ちゃん怒らせた人。怒り続けてることが凄く珍しいんスわ」

「ああ、そういえばそうだな。基本的に拘りを持たないから、感情は持続しないと本人が言っていたのだよ」

(征ちゃん...)

よっぽどのことをしたのだろう。

ふと、実渕は彼らを見た。

「ねえ、じゃあ征ちゃんは?」

「赤司っちっスか?」

黄瀬はそう言って体育館の中の赤司を探した。

淡々と練習をしている。

「いつもどおりっスよ?」

「何かあったのか?」

緑間も黄瀬に同意見だったらしく、不思議そうに実渕を見た。

「ううん、何でもない。ちょっと、様子が違う気がしただけなの」

そう言って実渕は彼らから離れて行った。

「んー、気のせいかしらねー」

困ったように頬に手を当てて実渕が呟く。

赤司は彼にとって弟のようで可愛いのだ。突き抜けたところもあるが、見守りたくなる。

とのことは特に。

「征ちゃん、不器用そうだものねー」

悩ましい溜息を吐き、実渕はとりあえずその問題は置いておくことにした。









桜風
13.2.1


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