グラデーション 122





昨晩、黄瀬はを部屋の前まで送ると

「じゃあ、お休みっス。足の手当て、ちゃんとしておくんスよ」

と言ってあっさりその場を去っていった。

(どうしたんだろう...)

は首を傾げる。


朝起きたら桃井は既に食堂に向かったあとだった。

「起こしてくれても良いのに...」

呟きながら、ゆっくりと階段を下りる。

一応昨晩、改めて手当てはした。

だが、足元の悪いところを靴も履かずに走ったのだから、擦り傷等は勿論、打ち身もあるし、とりあえず、痛い。

手すりに掴まり、腕に体重をかけて降りていると「ちゃん、おはようっス」と背後から声を掛けられた。

振り返って、「おはよう」と言いながらいつも以上に見上げる。

彼は苦笑して同じ段まで降りてきた。

「足、まだ痛いんスか?」

「もうちょい続くと思う」

「手、貸すっスよ」

そう言って手を差し出した。

「あ、ありがとう...」

(何か、違う...)

「あ、ちんおはよー。あと、黄瀬ちんも」

「おはよ」

「オレは、ついでっスか」

苦笑しながら黄瀬は声をかけてきた紫原にそう返す。

「んー、まあ。てか、ちん。足痛いの?」

「うん、まだちょっとね」

が苦笑した。今日明日はまだ痛いだろう。

「じゃあ、食堂にオレがつれてったげるよー」

そう言って紫原はを小脇に抱えた。

そして、彼はちらと黄瀬を見下ろす。

「小脇はどうかと思うっスけどね」

黄瀬はそう言うだけでいつものような過剰な反応を見せない。

紫原もそれは意外だったらしく、首を傾げ、

「この方が運びやすいし」

と返して食堂に向かっていった。



BGMがドナドナっぽいを見送った黄瀬は溜息を吐いた。

(キツイっスねー...)

我慢と言うのは中々に辛い。

自分はどうやらにとって守るべき対象になっているらしい。

彼女は本人も認めているが、基本的に他人に興味が無い。

ただ、身内、例えば友人と認めたらそれは大切にする。

そういうのは誰にでもあるものだと思う。友人が徐々に増えていき、そして大切にする方法をゆっくり学んでいく。

彼女は学ぶ時間が少なかった。そして、彼女は自身の生まれ持った能力の高さで大抵のことはひとりでしてのけることが出来る。

だから、やり方が極端だ。

昨日みたいに危ないことも平気で選択する。

それは、いやだと思った。

彼女を守れるほど強くない。けど、彼女に守られるのは遠慮したい。

複雑なオトコゴコロなのだ。

これまで自分は彼女に甘えていたと思う。

彼女は迷惑だとか言いながらも結局受け入れてくれていた。

それを彼女の優しさだと思っていた。そして、それに甘えていた自分も居た。

だが、それではダメだと思った。

これからも昨日のようなことを彼女は繰り返すだろうし、それがいつか必ず彼女を傷つけることになる。

このまま彼女に甘えて自分がよっかかってしまったら、一緒に倒れてしまう。

彼女は小さくて、女の子なのだ。

まずは自分で自分を支える。そして、自分を支えられるようになったら彼女を支える。それが出来たら彼女が支えたいものを一緒に支える。

そのためには、これまでと同じではいけないと思った。だから、距離を取ってみることにした。

しかし、これはこれで結構ストレスだ。

でも、それは裏を返せば、自分が彼女に依存していたことが明らかだということだ。


練習中ののサポートは相変わらずだった。

足が痛いだろうに、そういう様子を一切見せないで体育館の中を走り回っている。

他のスタッフ達に知られたら拙いと思っているのだろう。確かに、知られたら芋蔓式に桃井のことまで遡ってしまう。

それは、彼女の尊厳にかかわることかもしれない。

勿論、桃井がアクションを起こすならは力を貸すだろう。

「人の事ばっかじゃないスか...」

自分の痛いのは我慢して...

黄瀬は呟く。

「ねえ、今日のきーちゃん。何か違うね」

休憩が終わり、練習が再開された。

桃井がコートの中の黄瀬を見て言う。

「う..ん」

違うのだ。

元々練習も一生懸命だが、昨日までと雰囲気が全然違う。鬼気迫るものという表現がいちばん近いかもしれない。

マッチアップしている青峰が珍しく攻めあぐねているという雰囲気なのだ。

「何か、IHのときのお宅と対戦したときと雰囲気に似てない?」

が言う。

「あー、そうかも。あのときのきーちゃんっぽい」

何か、しがみついていた何かを捨てたときと同じ雰囲気だ。

(あの時はたぶん青峰くんへの憧憬だよね...)

それなら、いま彼が捨てるものといえば何だろう。

は首を傾げて彼らの練習を見守った。









桜風
13.1.2


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