グラデーション 124




合宿が終わり、駅で解散となった。



名前を呼ばれて振り返る。

合宿時の高尾とのやり取り以降、彼女の口数は確実に少なくなった。

ただし、彼女には自覚が無いようだ。

だから余計に困った。特に桃井が。

彼女を傷つける原因を作ったのは、自分だ。

彼女自身と言う意見もあると思うが、そうは思えなかった。

(未練だな...)

心の中で苦く笑い、緑間はをまっすぐに見た。

「今まで、すまなかったのだよ」

「...なにが?」

の気持ちも考えずに自分の気持ちを..俺のを好きだと言う気持ちを押し付けていた」

緑間の言葉に彼女は少し困ったような表情を浮かべる。

「だから、それはもう終わらせる」

「え...」

緑間の言葉には思わず声を漏らした。

その漏れた声は緑間に届かず、彼は右手を差し出した。

「これからも、友人として付き合ってくれるか」

彼女は瞑目しそしてにこりと微笑む。

「とうぜん」

緑間の手を握り返し、彼らは正真正銘『友人』となった。


じわりと腹に何かが広がる。

緑間は、それが何かなんとなく分かっていた。

『後悔』だ。

だが、あまり器用ではない自分はこの方法しか知らない。

彼女の重荷になるものを少しでも取り除く。自分が取り除ける重荷は、自分が持っているものしかない。

合宿時の体育館裏で展開された高尾との会話は、殆ど最初から聞いていた。

高尾が彼女のことを好きではないのは本人から聞いていたし、彼女もそのことは分かっている様子だった。

そして、彼女は感情を捨てていると言う。

しかし、何となくそれは納得できる言葉だった。

彼女は感情を知らないのではない。

他者とのコミュニケーションは、経験が浅ければ苦手かもしれない。

だが、自分の中の感情はみんなと同じくらいあるだろう。

あの両親に育てられた。

他人に興味がないと言っていたが、家族には非常に興味があったのは容易に想像できる。

嬉しいこと、つまらないこと、楽しいこと、悲しいこと。たくさんの感情を彼女は知っていたはずだ。

だが彼女は他人に興味が無いと言っていた。

だから、他人との衝突で感じた感情をどのように昇華していいかわからないのだろう。

そして、その中で会得したスキルが、『感情を捨てる』となった。

嫌なものは例えば誰かに話し、共感すれば少しは柔らぐ。

おそらく彼女はそれを学ぶ機会が無かった。


「真ちゃん、腹でも痛いの?」

ひょいと顔を覗かせてきた高尾に「何でもないのだよ」と返す。

「便所行って帰る?」

「だから何でもないのだよ」

少し語気を強めてそう返し、振り返るまいと思っていたのに思わず振り返ってしまった。

の姿はもうない。

(あっさりしたものだな...)

苦く笑う。

先ほどの握手は緑間にとって『決別』だったが、彼女にとっては『確認』に過ぎなかったのだ。



「ただいまー」

鍵を開けて家に入ると家の中は静まり返っていた。

は溜息をつき、靴を脱いで家にあがる。

不意に込み上げてきたものがあり、慌ててトイレに走った。

胃の中が空になってもまだ何か、出てきそうな、吐き出さなくてはならないものがあるような違和感がある。

しかし、何も出てこないため、それを飲み込みは立ち上がった。

洗面所で顔を洗い、荷解きを始める。

なんてこと無い、いつもの合宿から帰ったときにする一連の流れだ。

ピシリと何かにヒビが入った音が耳に入る。

は周囲を見渡す。何もそういったものはない。

「変なの...」

首を傾げ、洗濯機を回す。

冷蔵庫の中身を確認して夕飯を作る。

「あ、あれ...」

視界が悪い。

頬に手を当てると濡れている。たまねぎの出番はまだ先だと言うのに...

「うーん...」

おかしい。

だが、あまり見たいものでもない。

だから彼女はまたそれを捨てた。









桜風
13.1.18


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