グラデーション 124





「どこに行っていた。もう消灯時間だ」

部屋に戻ってきた実渕を見て赤司が言う。

「征ちゃん、謝った方がいいわよ」

「...は?」

赤司は眉間に皺を寄せて睨むように問い返す。

ちゃんのこと」

後ろめたそうに彼の瞳が揺れた。

いつも揺るがないその瞳は、ただひとつ、という存在だけに揺れる。

「玲央には関係ない」

「まあ、そうだけど。ちゃんも征ちゃんもどっちも私にとっては妹とか弟みたいなものだしね」

「僕が弟?」

「そうよ」

訝しげに問い返す赤司に実渕はにこりと微笑む。

「弟と言うことは、僕は玲央の下ということになる」

「あら、年齢は下でしょ?これは、征ちゃんがどんなに頑張っても変わることのない事実じゃない」

肩を竦めて玲央が言う。

「そういえば、征ちゃん」

「何だ」

「何でちゃんが『妹』なの?」

「僕より上の存在があるはずがないからだ」

「...なんだ。守りたい存在だからかと思ったのに」

実渕にそういわれて瞠目した。

「ねえ、物凄く余計なお世話なのはわかってるけど」

「なら黙ったらどうなんだい?」

赤司が睨むが、実渕はその視線を受け流す。

「ひとつだけよ。ちゃんと伝えないと伝わらないものはあるはずよ。『トクベツ』なんていう曖昧なものじゃなくてね」

赤司は思わず視線を逸らした。

「じゃ、私これからシャワー浴びるわねー」

そう言って実渕はバスルームに向かった。



消灯時間になって部屋の灯りを落とす。

は自分の唇を指でなぞった。

もぞりと布団を頭まで被った。

灰崎のあれは、酷く気持ちの悪いもので、トラウマと言っても過言ではない。

この先、誰と唇を重ねてもアレが甦るのだろうか。

「やだ...」

それは嫌だ。

好きな人とするキスなら消えるだろうか。

ふと浮かびかけたシルエットがあった。しかし、それを打ち消したのはの携帯のバイブレーションだった。

「あ、忘れてた...」

毎日父親と電話をしなくてはならないのに、今日の電話を忘れていた。

慌てて携帯をもってベッドを降りた。

...?」

眠そうな声で桃井が声をかけてきた。

「ごめん、被扶養者としての義務を忘れてた...」

「見つからないようにね」

「うん」

そんな会話をしてはそっと部屋を抜けだした。


屋上に出て電話をする。

物凄く心配した声で父が出てきた。

一通り話をして、ふとが言葉を止める。

さん?」

(さっき、玲央さんに聞いてみればよかった...)

「ねえ、お父さん」

「なんだい、さん」

「お母さん以外の人とキスできる?」

「ムリ!絶対ムリ!!気持ち悪い...!!え、何。ボクの女神はボクの浮気を疑ってるとか?!大変だ!明日緊急帰国しなきゃ!!」

「ううん。寧ろそのテンションで帰ってきたら鬱陶しがられるから帰ってこないほうが良いと思うよ」

の言葉に

「じゃあ、何でさんはそんなことを聞いたんだい?」

と問い返された。

「あ、消灯時間過ぎてるから。じゃあねー」

その問いに返すことなく、は電話を切ろうとした。

「あ、黄瀬か。あいつそういうの気にしそうにないな。今度帰国したあの顔ぼこぼこにしないとな」

ふふふと低く父が笑う。

「ちがう!それ冤罪!!」

慌てて止める。

「...そうだね。稀に、異性だったら誰でも良いと言う、人に進化できていない人間の形をした獣がいるのは確かだね。しかも、男に多い」

「うん」

「でも、全員がそうじゃないはずだよ。ボクみたいに」

何か、アピールされた。

「...お母さんにはちゃんとそう言っておくから」

「そう?別にいいよー。今から愛の電話するから」

「ごちそうさまー。じゃあ、おやすみ」

はそう言って電話を切った。

「はぁ...」

深い溜息を吐いては振り返り、固まる。

「消灯時間はとっくに過ぎていると思うんだけど?」

ドアの前に赤司が立っていた。









桜風
13.2.2


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