グラデーション 125





毎朝ロードワークは続けている。

どうせ、これから大きな大会が始まればまた体力がいるようになる。

今年、バスケ部の入部希望者がたくさん居た。

選手としての入部希望者に対して、マネージャーが少ない。

というか、何となくの予想だが..全員に逃げられると思う。

練習がきつければマネージャーだってのほほんとは出来ない。

そして、誠凛高校バスケ部の練習はかなりキツイ方に入るらしい。

先日の合宿のときに話を聞けば、友人達も多少の驚きを示していた。

つまり、そういうことなのだ。


その日は、少し気分転換を、と思ってコースを変えてみた。

いつもよりも早起きをしたからその分長く外にいても大丈夫なのだ。

変えたコースの途中に公園がある。バスケットゴールのある公園だ。

ボールの弾む音が聞こえてそちらに足を向け、は苦笑した。

「これは、大変だぁ...」

青峰がいた。



誠凛に負けて以来、結構勤勉になった。

朝も早く起きてロードワークをし、場所が空いていたらゴールを使って練習する。

その日も練習をしていた。

水分補給を、と思ってベンチを見た青峰は「うおっ!」と思わず声を漏らす。

ベンチには知っている人物、が座っていた。

ベンチまでやってくると、彼女が座ったまま寝ているのが分かる。

「何でここで寝てんだよ...」

そういいながら、ベンチの上に置いていたジャージを掛けてやる。

そっと頬に触れてみた。

「あ、ホントだ」

彼女は体温は別に高くないと言っていた。これまで色々と無茶したときに自分が触れていたらしいので、本当の体温を知らなかった。

というか、今度は冷たい気がする。

「おい、。起きろ」

肩を揺すって起こすと彼女は目をゆっくり明けた。

「なに?」

「お前、つめてーぞ」

「起き抜けに酷いなぁ...」

は苦笑した。

「や、そうじゃなくて。体温」

「ああ、走ってたからね。一気に冷えたのかも」

「お前、バカだよな」

心底呆れたように青峰はそう言ってタオルを渡す。

「使っても?」

「返せよ」

「ありがとう」

そう言って彼女は汗を拭い始める。

今更のような気もするが、しないよりはマシだろう。

汗を拭き終わった彼女が

「朝、ひとりで練習するまで勤勉になっていたとはね。やー、感心感心」

と笑った。

「うるせー」

苦々しく青峰は返す。


「なあ、

ふっと短く息を吐いて彼女の名を呼ぶ。

「なに?」

「この間、ホントに悪かった...」

深々と頭を下げた。

「気持ちわるい...」

心底そう思っているように彼女が言う。

反論しそうになったが、文句はとりあえず飲んで、「悪かった」ともう一度言った。

「わたしには何の話かさっぱり見えてないんだけど?」

「お前に、キスしようとしたことだよ」

その言葉には俄かに目を見開いた。

「今更また掘り返す?」

心底驚いたように言った。

「や...、キスにいい思い出がねーって聞いたから。すげーやだったんだろうなって。それなのに、オレ...」

そう言って俯いた。「助けてもらったし」と心底バツが悪そうに言う。

あの時、『助ける』、『助けない』で喧嘩になったと言うのに、結局助けられたのは自分だったのだ。

思い出しただけで物凄く恥ずかしい。

「あっはっはー!」

が声を上げて笑った。

「うおっ!何だよ...」

「青峰くん、さつきにそれ内緒って言われなかった?」

情報源は分かっている。彼女以外にありえない。

(まったく、おしゃべりさん)

は苦笑した。

たぶん、青峰にこの間の話を聞いて怒ってうっかりポロッと言ってしまったのだろう。

目的が吹聴ではなく、説教だろうからこのことは聞かなかったことにする。

そして、青峰は確かに口止めされていたことを思い出してこっそり焦っていた。

そんな彼には苦笑した。


「あのさ、

「今度は何かしら?」

「オレ、お前が好きらしいぞ」

「へー」

の反応に青峰は半眼になる。

「何だよ、それ」

「や、その前の『らしいぞ』の方がおかしいよね」

全うな指摘である。

「そうかもしれねーけど、流すなよ」

一応、これでも緊張したと言うのに。

「で?」

が続きを促してみた。

「『で?』って?」

「だから、それをわたしに言ってその続きは何?」

「...さつきにも聞かれた。わかんねー」

「なら、自分の中で答えが出るまで飲んでなさいよ、その言葉」

呆れたようにが返す。

「けど」

「けど?」

「今、キスしてーくらいには、好きらしい」

青峰の言葉には警戒しつつ半眼になった。

「あなた、今言ったばかりで...」

「や、だからしねーよ」

乱暴に返す。

(まあ、本人がそう言うならしないでしょう。嘘をついてその先にいい事は何もないし)

そんなことを思いつつ、は警戒を解いた。

「つーわけで付き合おうぜ」

「発言前に言葉は脳みそを通せ」

がすかさず突っ込んだ。

「んだよ」

「自分が何を言ったのか分かる?」

「おう。付き合おうぜって。オレはが好きなようだし、良いじゃん」

「そこにわたしの意思は?」

が返す。

「お前、オレが嫌いなのかよ」

「わ、卑怯だ」

が指摘すると「へっ」と彼は笑った。

「頭使ったんだよ」

「うわっ、使いどころ間違ってる!」

は嘆いた。

「んで、どーなんだよ」

「嫌いなわけないでしょ」

嫌いだったらそもそも近付かない。そして、無関心でもない。消去法でいけば、残るはひとつなのだ。

「なら、いいじゃねーか」

(何か、口で負けた気分でムカつく...!)

「あー、あと。付き合うからって別にすぐにキスしねーから安心しろ」

「は?」

はきょとんとした。

がいやじゃねータイミングなんてオレにはわかんねーから、最初はお前に任せるわ」

「はい?」

何だか勝手に話を進められている。

「えっと...」

何をどう反応していいかわからない。

(主導権を握っているのは..わたしってことね?)

まさか、青峰が主導権を放棄するとは思っていなかった。

「けど、まあ...」

青峰はそう言っての手を引き、抱き寄せた。

「口以外は、遠慮しねーけどな」

そう言って耳にキスした。

「ひゃあ!」

驚いて変な声が出た。

クツクツと青峰が笑い「もっと別の反応があるだろ」と面白がる。

意外と負けず嫌いのはすっくと立ち上がる。

「おい、。怒った..のかよ?」

覗うように青峰が言う。トンチが過ぎた。

「いいえー。そろそろ帰らなきゃ、朝ごはん。お母さんが半泣きで待ってるかもしれないし。タオルは洗って返すね」

そう言っては微笑む。

「...おう」

これは何かある。

青峰は警戒した。伊達に何年も友人をしていない。

「じゃあね」と言って彼女は背を向けた。

公園入り口で「青峰くん!」と彼女が呼ぶ。

「あー?」

彼女は投げキッスを飛ばした。

さすがにそれは予想していなかった青峰はたたらを踏む。

「あははー」と彼女は笑って手を振り「またねー」と言ってロードワークを再開する。

「ありゃ、どっちだよ...!」

全く分からない。けど、

(これはこれでちょっと面白れー...)

青峰は思わず笑いが込み上げてきて、ひとり公園で笑った。









桜風
13.1.13


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