グラデーション 19





部活が再開したが、脚を負傷している火神は練習メニューに加わらせてもらえない。

ウズウズしているのが見て取れる。

リコは、今週一杯は休養に当てることを指示した。今年は大会運営側の事情で決勝リーグまで2週間の時間があったのが幸いだった。


学校が休みの土曜日、火神は練習に来なくて良いといわれているため欠席だが、皆はリコの実家に集まっていた。

彼女の実家は、スポーツジムだ。

週3回、朝ジムが開く前の時間に朝練の代わりにプールを使って筋トレをしている。

浮力があるので体を痛めにくいメリットがある。ただし、抵抗が大きいので相当きついというデメリットも同時に存在している。

「面白い練習していますね」

不意に耳に届いた声には驚いて振り返る。

「桃井...」

ポツリと呟き、大きく息を吐いた。


「久しぶり」

そう言ってプールサイドにいた彼女を足で押した。

当然彼女は水の中にざぶんと落ちる。

!」

リコに窘められて「すみません」とは謝った。

確かに、危ない。

「ぷはっ!ちょっと、何するのよ、!」

水から顔を出して桃井が言う。

「水着着てるから、てっきりそのつもりなんだと思ってー。ごめんごめん」

軽く謝る

「何でまで誠凛にいるのよ。しかも、バスケ部」

「それは黒子くんに言ってよ」

はそう言って、桃井に手を差し出す。

彼女は躊躇うことなくその手を取ってプールからあがった。

「練習は?午後から?」

「私は、私の仕事をしてるだけ。練習は午前からだよ」

挑発的に桃井が微笑む。

は「ふーん」と気のない様子を見せる。

、この子は?」

「ああ、これは」

が紹介しようとしたら

「テツ君の彼女です」

と桃井が自己紹介した。

「黄瀬くんと同じタイプです」

が冷ややかに言う。

「ああ、は相変わらずきーちゃんとみどりんにプロポーズされてるんだよね。モテモテー」

「...どーもー」

半眼になってが返す。

そして、桃井は黒子の存在を見つけて勢い良く抱きつく。

「カントク、荷台のあるチャリ貸してください」

こそっとがリコに言い、

「...いいけど?パパに言ってみて」

彼女はそう返した。



チリンチリンと自転車のベルがそれを邪魔した。

自転車はベルの音ののどかさと全くリンクしない勢いでコートに入ってきてドリフトする。軽く砂埃が舞った。

「はあい、青峰くん」

息を切らせてやってきた人物に青峰は愉快そうに眉を上げた。

「よう、。どうしたんだよ」

「お宅の幼馴染がうちのカントクのジムに乗り込んできてくれてね。今日、午前中から練習があるって言ってたから、確実に青峰くんはサボって黒子くんの相棒をからかいに来てると思ったのよ」

がそう言うと青峰は不愉快そうに顔を歪めた。

「そいつは、ダメだ」

吐き捨てるように言う。

「そいつの光は淡すぎる」

中学のとき、青峰は言っていた。黒子は影だから、光が強ければ強いほど彼の力を引き出してやれる。

だから、自分が一番彼の力を引き出せると少し誇らしげに語っていたのだ。

「それはどうかしら?」

は少し挑発するように返した。

「お前は、球技苦手でもずっとバスケ見てきただろう。オレの、オレ達のバスケを」

「そうね」

は頷く。

「コイツがオレと同じか?違うだろう」

「...そうね」

少し間を空けては頷いた。チラと火神を見ると、呆然としている。青峰の力を目の当たりにして衝撃を受けているようだ。

「お前も、オレのところに来い。さつきだって、本当はお前が居たほうが良いと思っているに決まってる」

「いやよー。それを桃井の口から聞いたら、少し考えてもいいけど。あいつは絶対に言わないでしょ?」

チッと青峰が舌打ちをした。

「勝てもしないチームにいて、何が楽しい」

「ねえ、青峰くん。勝負の世界、特にスポーツの世界で見ていて一番楽しい試合ってどんな試合か知ってる?」

「圧倒的な力の差を見せ付ける試合だ。ゆるぎない強さが結果として現れる試合」

迷わずに青峰が言った。

しかし、は首を横に振る。

「違うよ。弱いチームが強いチームをやっつける試合。スカッとするよー」

「何が言いたい」

「結果の分かっているものほど詰まんないものはない。大番狂わせこそ、ワクワクするわ」

「...つまり、お前は弱いトコが良いって言うのかよ」

それは青峰を否定することに近い。

それでもは頷いた。

「わたしはね、青峰くん。誠凛高校バスケ部マネージャーってのをそれなりに気に入ってるの。カントクが鬼のように選手をしごいて、選手は一生懸命でまっすぐで。そして、これからカントクの言うことが聞けなかったエースをカントクの前に連れてってしばかれる様を見るのも、ちょっと楽しそうだなって思ってる」

そう言って火神を振り返った。

「覚悟するように」

指差して言う。

「じゃ、青峰くん。悪いけど、うちのエースを返してもらうよ」

――うちのエース。

彼女の『エース』は、以前は自分だった。

それが、今ではこんな弱っちいのが『エース』と言われている。

青峰はギリッと奥歯を噛む。

「火神くん、ほら。荷台に乗って。そのためにカントクから態々このチャリを借りたんだから」

「嫌だ」

「我侭言ってないで」

「嫌だ」

「...乗りなさい」

有無を言わせない声音。一度だけ聞いたことがあるその声に、火神はゆっくり顔を上げた。

は静かな表情を浮かべていた。ただし、普段彼女が見せている穏やさや飄々とした感じは微塵もない。

「負けてウジウジしてる暇があったら、まずはその脚を治しなさい。リベンジのチャンスはまだあるでしょ!」

そういわれてのろのろと立ち上がった。

「俺が漕ぐ」

「却下。かっこ悪いとかそんな理由なら甘んじて受けなさい。あなたはカントクの指示を無視してここに出てきて、キセキの世代のエースにフルボッコにされたのよ」

グッと詰まった火神は大人しく荷台に跨る。

「忘れもんだ」

そう言って青峰がにボールを投げた。

「あ、」と彼女が取りこぼす。

「...相変わらず」

溜息混じりに青峰は呟き、転がってきたボールを自転車の籠に入れた。

「じゃあな、

そう言って彼は背を向けてコートを後にした。









桜風
12.6.30


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