グラデーション 34





緑間は近所の書店に行った帰り、車道を挟んだ向こうに見かけた人物を見て眉間に皺を寄せ、同時に駆け出した。



腕を引いて名を呼ぶ。

彼女はぼうっと自分を見上げてきた。

「どうした、ずぶ濡れなのだよ」

今更ではあるが、傘を差しかけて緑間が言う。

「あれ、緑間くん?どうしたの、こんなところで」

心ここにあらず、という声音でが言う。

「ここは家の近所なのだよ。それより、こそなんでこんな時間に傘も差さずにここにいるのだよ」

「へ?緑間くんちの近く?ウチの近くじゃなくて?」

の家とウチは間逆だろう?」

逡巡の後、緑間はの手を引いて歩き出す。

「緑間くん、何処行くの?」

「家だ」

「家って、緑間くんち?」

「ああ」

緑間が頷くとが強引に足を止める。

それに合わせて緑間も足を止めた。

「こんな時間に?」

「ずぶ濡れなのだよ。体を拭いてやらねば風邪を引く」

「大丈夫だよ、夏だし」

がそう言うが、緑間はその言葉を黙殺して自宅へと向かった。


玄関を開けて先に中に入り、バスタオルを持って玄関に戻る。

逃げていたら追いかけるつもりでいたが、は大人しく俯いたまま緑間を待っていた。

「シャワーを浴びるといい。親には今話して来た」

リビングから母親が興味津々な様子で覗いている。

あの堅物の、おは朝占い信仰者の息子が、女の子を連れて帰ったと聞けばそりゃ興味あるだろう。

しかも、雰囲気の可愛らしい子だった。

母親が親指を立てて自分を褒めているようすを視界の端に収めつつも、相手をするのが面倒なので緑間は無視を決め込む。

がシャワーを浴びている間、緑間は着替えを準備し、母親に頼んで脱衣所に置いてきてもらった。

「どうしたの、あの子」

「わからない。だが、中学の頃からの..友人なのだよ」

母親にそう返して緑間はキッチンに立った。

ホットミルクを作っていると「あの、シャワーありがとうございました」とがリビングに顔を覗かせてきた。

「行くぞ」

そう言って緑間はカップ2つをトレイに載せて自分の部屋に向かう。

緑間の部屋は、きちっと整頓してあって彼の性格が凄く現れていた。

ふと学習机の上に置いてあるオレンジ色のトンボ玉がついている髪ゴムが視界に入った。大切そうに置いてあるそれが少しだけ懐かしい。

「そこに座るといい」

そう言いながら緑間がテーブルの上にマグカップをおいた。

「うん、ありがとう。あ、これって...」

は目の前に置かれたマグカップを見て呟く。

「どうしたのだ?」

「中学のとき、おは朝のラッキーアイテムだって学校に持ってきてなかった?」

に指摘されて緑間は考える。

「覚えていないが、ウチにあるものは大抵そんな経緯で買ってるからな」

少しだけ柔らかい表情を浮かべて緑間が言う。

「いただきます」と言っては緑間が作ったホットミルクを飲んだ。ハチミツが入っていて優しい甘さが心も温かくしてくれる。

カップ半分くらい飲んだのを確認して緑間は話を切り出す。

「何があったんだ?」

「人ってさ。図星を突かれると反論できないんだね」

抽象的な言葉が返ってきた。

「...そうだろうな」

と緑間は相槌を打つ。

「もうちょっと、お役に立てていたと思ったのに...自己満足もいい所だったんだねーって思って。それを考えていたら、迷子になってた」

(頭の中も...)

「バスケ部で何か言われたのか?」

は寂しげに睫を伏せた。

信頼を置かれていると思っていた、キセキの世代に否定された。

「...、うちに来い」

「『うち』?」

今お邪魔している。遅い時間に。

「学校のことだ。来い。秀徳はお前の望む学ランとセーラーだ。家からは遠いかもしれないが、うちに来い。俺はお前を必要としている」

テーブルを挟んで正面に座る緑間が真剣な眼差しで言った。

は小さく首を横に振る。

「わたし、誠凛が好きだから」

「だが...」

先ほどが零した言葉で、彼女は誰かに否定されたということはわかる。

そして、相手はおそらくバスケ部だ。

「最初は、高校に入ってから絶対にバスケ部に近付かないって決めてたの。だって、バスケに近付いたら、みんなに会うし」

「そんなに嫌だったのか?」

「...うん、そうだね」

困ったようには笑う。何度も見た、その笑顔に胸が痛くなる。

は...」

躊躇いがちに緑間に名を呼ばれて、「ん?」と首を傾げる。

「いつからだったか、試合に勝っても嬉しそうではなくなった。何故だ?」

「わたしは、コートの中の5人でバスケをするのを見るのが好きだったから」

才能を開花させた彼らは、コートの中で1人で戦っていた。それぞれの才能が大きすぎた。

仲間がいなくても戦えるだけの才能が、力が目覚めてしまった彼らに仲間は不要なものとなってしまった。

部屋の中に沈黙が降りる。

不意に「あ!」とが声を上げる。

「な、何なのだよ」

「緑間くん、そろそろ寝る時間でしょ?」

が問う。

指摘されて壁に掛けている時計を見ると確かにそろそろ寝る前のストレッチをはじめる時間だ。

「ごめん、本当に遅くに」

そう言っては慌てて立ち上がった。

「送っていこう」

「いいよ。生活のリズムは狂わせたら大変でしょう?特に、緑間くんみたいなタイプは」

「駅までだ。道が分からないだろう?」

緑間に指摘されては言葉に詰まった。

「ほら、行くぞ。雨ももう上がっている」


「緑間くん」

名前を呼んでは後悔した。彼は自分を否定しない。だから、これは卑怯だ。

「たまになら、ずるくなってもいいんじゃないか?」

察したように緑間が言う。

は悩んだ末に「ごめん」と小さく呟き、

「わたし、中学のとき、みんなの役に立ってた?」

と問うた。

「ああ」と緑間が頷く。

「今でも、俺はがほしい」

「ありがとう、ごめんね」

は泣きそうに笑った。

緑間はに向かって手を伸ばして抱き寄せる。

そして、彼女の髪にキスをして彼女から離れた。

一瞬のことでは少し混乱している様子だったが、深呼吸を1回して

「着替え、ありがとうね。今度返しに来るから」

と礼を言って駅の中に消えた。

「...青峰か」

そう直感した。









桜風
12.7.22


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