グラデーション 53





と並んで歩く黄瀬は上機嫌だ。

薬局とスポーツ用品店、日用品の購入のために結構遠回りしている。

「いつもこんなに買い込んでるんスか?」

黄瀬が問う。

当然の問いだ。

「ううん、今日は黄瀬くんが居るから」

の言葉に黄瀬は舞い上がった。

(オレと一緒にいたいからっスね!)

口に出さなかったのは賢明である。口に出せば、「寝言?」と笑顔で言われかねない。

そうは言っても、黄瀬を見たは困っていた。

「ねえ、半分持つよ」

「ダメっス!」

「ダメなのは黄瀬くんだよ。重いでしょ?」

「だから、オレが持つんスよ」

先ほどからだいたいこんな会話を繰り返している。



「そういえば、ちゃんは何で走ってたんスか?」

黄瀬が問う。

「ダイエットのための体力づくり」

「ダイエットするのに、体力っスか?って、ダメっスよ!!」

「何が?」

黄瀬がなにやら慌て始めた。

「だって、ちゃん。無理なダイエットは鉄分とかカルシウムとか無くなって体に悪いんスよ!第一、ちゃんは、凄く抱きしめ心地がいいんスから、このままでいてもらいたいっス!」

「痩せよう。凄く痩せよう。骨と皮だけになろう」

が呟く。

「ダメっス!体に良くないっス!!」

黄瀬は心から心配して止める。

は盛大な溜息を吐いた。

こういうところがあるから、中々嫌いになれないのだ。



「ねえ、黄瀬くん」

「何スか?」

「わたしのこと、好きとか..やめたら凄く楽だと思うよ」

彼の勝手ではあるが、自分の存在が彼を振り回しているのはわかる。

今日だって、練習はどうしたのだろうか...

何より、神奈川と東京という物理的な距離がある。

「嫌っス!」

黄瀬がきっぱりと言う。

見上げると真剣な眼差しをしている彼の貌があった。

「オレは、ちゃんを好きで後悔したことなんて1度も無いっスよ。確かに、辛いこととか、苦しいこととかいっぱいあるっスけど、気持ちに嘘ついて『やーめた』ってしたほうが、絶対に辛いっス」

「ご、ごめん...」

は俯く。何か凄く凄く悪いことを言った。口走ってしまった気がする。

「いいっスよ。ちゃんはオレのこと心配して言ってくれたってこと、ちゃんとオレ分かってるスから。確かに、今日は部活サボってこっちに来ちゃったから先輩に後でヤキを入れられるっスね」

黄瀬は苦笑した。

ちゃん。オレ、ちゃんを好きになったとき、世界が眩しくなったんスよ。輝いたんス」

「は?」

きょとんとが黄瀬を見上げる。

「そのときの光景とか、気持ちとか。それは簡単になくなるものじゃないんスよ」

そう話す黄瀬の言葉が、表情があまりにまっすぐで、は目を逸らせないでいた。

(あ、まずい...)

ドクンと黄瀬の心臓が跳ねる。

込み上げる衝動を抑えられず、黄瀬はの唇を塞ぐよう顔を近づける。


「ぐあ!」

あと数センチくらいのところで黄瀬が唸った。

手に持っていた買い物袋がどさっと落ちる。

「ああ...」

がその荷物を気にした。

「オレのほうを心配してほしいっス...」

太腿を擦りながら黄瀬が言う。

「あ、ごめん」

コロリと転がるバスケットボール。

がそれを拾って顔を上げると、リアカーが見えた。

そのリアカーには見覚えがある。

、大丈夫か!」

そう言って緑間が彼女を抱きしめる。

「緑間っち!」

「黄瀬、貴様に不埒なことをしようとしていたのだよ」

「や、それは...」

しどろもどろに黄瀬がむにゃむにゃと誤魔化す。

否定できない。緑間の邪魔が入らなければ確実にキスしていた。

「というか、何故黄瀬がここにいるのだよ。部活はどうした。海常はそんなに暇なのか」

「部活は..あるっス。ここに居る理由は...今、ちゃんとデート中だからっス!」

(え、そうなの?!)

は声を上げたかったが、緑間ががっちりホールドしているのでできなかった。

「何..だと?黄瀬、妄想も甚だしいのだよ」

「じゃあ、ちゃんに聞いてみたらいいっスよ」

(何で自信満々なの?!)

緑間は腕を緩め、を見下ろす。

、黄瀬の妄想に付き合ってやる必要は無いのだよ」

「あ、うん。えっと、買い物に付き合ってもらっていたっていうか...」

「ほーら、デートっス!」

黄瀬が勝ち誇ったように言う。

ただの、部活の用品買出しで『デート』と言われてどう訂正したらいいかには皆目見当が付かない。

第一、これをデートと言うのなら、結構いろんな人とデートしていることになる。

(わたし、どんな尻軽だ...?)

「ぷっ!」

緑間の背後で誰かが噴出した。

「高尾くん?」

体をずらして彼の存在を確認する。

「やー、ちゃん。相変わらず愛されてるね。ぷくく...」

「心底楽しそうだわ、高尾くん。わたしもそのポジション希望します」

「ムリムリ。やー、真ちゃんがいきなり止めろっていうから、何事かと思ったけど...」



先ほど、「止めろ!」と鋭く言った緑間に驚いてリアカーを引く自転車を止めると、緑間はリアカーを降りて自身のスポーツバッグからおもむろにバスケットボールを取り出して黄瀬に投げつけた。

(どんなセンサーしてんだよ)

高尾は、緑間がボールを投げたことでやっと黄瀬との存在に気付いたのだ。

「秀徳、部活は?」

「あー、うん。今日、体育館の点検が入ってたから、早々に追い出されちゃって」

(なるほど...)

「この近くの公園にゴールがあるって真ちゃんが言うから」

「あ、そうか。シュート練習は毎日だもんね」

が納得すると

「そうなのだよ」

と緑間は満足げに頷いた。









桜風
12.9.3


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