| スタンドに戻った火神が黒子に灰崎のことを聞いた。 さすがにそんな人間がいるとは思っていなかった誠凛メンバーは動揺を見せた。 「あれ?それはそうと、火神君。見なかった?そろそろ試合が始まっちゃう」 「え?あ、ああ...トイレとかじゃねーですか?」 隣に座る黒子は火神の様子に違和感を覚えた。 先ほど黄瀬が体育館へ戻っていった後、は「火神くん。今の、誰にも言っちゃだめだからね」と押し殺すように言う。 「え、あ..ああ...」 震えながら拳を握って俯いているの言葉に頷く以外出来ない。 「アレックスさんも、氷室さんも。お願いします」 深く頭を下げる。 「わかった」と氷室が頷く。 「特に、紫原くんには」と念を押すと彼は頷いた。 「アレックスさん」 「...わかったよ」 「ごめんなさい」 「んじゃ、。戻ろうぜ」 「先に戻ってて」 「けど...」 「ほら。タイガ、タツヤ行くぞ」 一人残していいのだろうかと悩みつつもアレックスに引き摺られるようにして2人はその場を後にするしかなかった。 「えー、そんなにトイレ混んでるのかしら。、遅くまで残れないからそのまま見てもらいたいのに...」 火神の言葉にリコは少し零した。 ウィンターカップの間、は試合が終わればすぐに家に帰っていた。家庭の事情だとか。 ならば仕方ないとリコは諦めているのだが、できれば残ってもらいたいという気持もある。いつの間にか凄く頼りにするようになっていた。 「けど、今日は前半だけとはいえ、陽泉も見てんだしキツイんじゃねぇの?」 日向が言うと 「まあ、そうかも...」 とリコが返した。 「すみません」と丁度がやってきた。 「ああ、ここよ」 軽く手を振ってリコが言う。 選りによって奥の方しか空いていない。今はなるべく人に囲まれたくない。 「すみません、通路側が良いんですけどー」 が言うと「そう?」と言ってひとつずつずれてくれた。リコは最近は基本的にの隣で観戦するので、彼女も通路側に出てきた。 「あれ、。顔色良くないけど...大丈夫?」 「はい」 頷いたにリコは違和感を感じた。 試合開始となった。 しかし、の頭には何も入ってこなかった。 見ているものは漫然と見ている景色と同じで記録のしようが無い。 むしろ、ずっと込み上げてくる吐き気を抑えるので必死だった。 (ああ、くそっ...!) 捨ててしまえ、捨ててしまえとずっと自分に言い聞かせている。嫌なことはとっとと切り捨ててなくしてしまって... 今までずっとそうしてきた。 感情のコントロールには自信があったし、感情と理性を切り離して理性を優先することだって何てことない、簡単な作業だった。 だが、今は感情に理性が引き摺られている。 どうしたら良いのか分からない。 「?」 隣に座るリコが声をかけてくる。 「へ?」 「前半、終わったわよ?」 ――20分。 20分も感情に引き摺られて無駄な時間を過ごしてしまった。 (何やってんの...) は顔を覆って俯く。 (...何も食べてない) 膝の上に置いているキャラメルには一度も手を伸ばさなかった。 「どこか悪いの?」 顔を覗きこむリコには驚いて体を引く。 「え、あ。ごめんね」 驚いてリコは謝罪し、「ごめんなさい」とは俯く。 「カントク、すみません。今日はもう帰らせてください」 俯いたままが呟く。 「え?ああ、うん。調子が悪いみたいだし、いいわよ。この試合を撮影したディスクはダビングして後で家に届けてもいい?」 「...すみません、お願いします」 バッグを持って立ち上がり階段を上っていく。 「ちょっと心配だから会場の外まで見送ってく」 そう言ってリコが立ち上がって追いかけた。 「あー、ちん見っけ!」 会場内にまだ留まっていた紫原が通路まで出たを見つけてやってきた。 「どうしたの、ちん。顔色良くないし」 そう言って紫原は心配そうに手を伸ばして彼女の頬に触れようとした。 「触らないで!」 手を叩きとしてが叫ぶように言う。 これまで彼女にこんな拒絶のされ方を経験したことがない紫原は呆然とした。 追いついたリコも目を丸くしている。らしくない。基本、彼女は軽く流すタイプだ 「あ、ごめん。本当に、ごめん...」 「別に、ちんのこと好きでも何でもないし」 明らかに拗ねている紫原がそう言い、だが、次の瞬間目を丸くした。 「ど、どうしたの?今のウソ。オレ、お菓子なくてもちんのこと、好きだし」 そう言っても彼女の様子は変わらない。 どうして良いのか分らず、うろたえ、階段下の黒子を見つけて階段を下りた。 「黒ちん、ちんが泣いちゃった。どーしたらいいの?」 「さんが?!」 驚いて立ち上がった黒子が振り返るとは走って外に向かっていくところだった。リコが慌てて追いかけている。 「さん!火神君、邪魔です」 押し退けて行こうとしたがの姿はもう見えなくなっていた。 「ちん、怒ったのかな。オレ、いつも「いただきます」してるから」 「それは、普通に怒ってると思います。いつも嫌がってるじゃないですか」 黒子が冷静に突っ込みを入れた。 紫原はむくれた。 「はぁ、どこ行ったの...」 を完全に見失ってしまった。 リコは会場の外まで追いかけてみたが、見つからない。もしかしたらタクシーでも捕まえて帰ってしまったのかもしれない。 「けど、明らかにおかしかったわ...」 「リコちゃん、ちょっといい?」 声をかけてきたのはアレックスだった。 「アレックスさん。どうかしたんですか?」 「さっきの、ちゃんのこと」 アレックスから話を聞き終わったリコは呆然とした。 「それ、本当ですか?」 アレックスが頷く。 (じゃあ、...) 「男子部のマネージャーだから、周りは男しかいない。あの子がこれまでと同じでいられるかは分からない。そのとき、リコちゃんのフォローが要ると思うから」 口止めされても話した理由をアレックスが言う。 「ありがとうございます」 「けど、今日のこの試合のディスクは誰が持っていくんだ?持って行くつもりなんだろう?」 がデータを目にしないことは、確実に戦力ダウンとなる。 かといって、男子の誰かに持って行かすのは今日の今日でには辛いだろうし、自分が持っていくとスカウティングする時間が減ってしまう。 何より、映像の中にずっと嫌な思いをする相手がいるのだ。避けてやりたいのは山々である。 リコは溜息をつくしかなかった。 「私がに届けますよ」 振り返ると桐皇のマネージャー、桃井が立っていた。 「桃井さん...けど」 「利用できるものは利用すべきでしょう?私もタダでお遣いするつもりはありませんから」 (何が目的...?) 「丁度、に聞きたいことがあったので。それに、今日の映像を届けるって話をしているんですよね?来なきゃ来ないで気にしてると思いますよ?」 逡巡の後、リコは彼女にお願いすることを選んだ。 |
桜風
12.11.2
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