| 「真太郎、一局どうだ?」 そう言って赤司が将棋盤を指差した。 「これは、くずしてもいいのだろうか...」 「撮っておけば良いんじゃないスか?」 米を研ぎ終わって炊飯器をセットした黄瀬が戻ってきた。携帯を取り出して今の盤上の駒を写真に収める。 「これで復元可能っスよ」 「じゃあ、久々に対局するか」 パチン、パチンと将棋の駒の音がする。 凄く静かな空間にぴんと張り詰めた空気。 「...涼太、何をしている?」 「写真、撮ったらダメっスかね?」 携帯を構えての前に座っている。 「ばれたとき、その携帯は真っ二つになるか、水没するだろうから、そのリスクを受け入れて撮るのは何の問題もないだろうな」 振り返って緑間が言う。 確かに、携帯を折られるか水にちゃぷんと落とされそうだ。携帯はともかく、待ち受けの画像は宝物なので出来れば避けたい事態だ。 仕方ないので諦め、DVDを見ることにした。 「ディスクが入ってるっスね」 呟いた。 「...まずはディスクを取り出して何が入っているかを確認しろ」 赤司が言う。 昔の苦い思い出が蘇る。 「え、けど。今のところ、この家ってちゃんとお義母さんだけだから、大丈夫じゃないっスか?」 赤司の意図に気付いた黄瀬が応えるが、赤司はその意見を酌もうとしなかった。 一応取り出してみた。 ラベルが貼ってある。 「これ、中学のときのっスね」 何故中学のが入っているのだろうか、と黄瀬は首を傾げた。 そして、テレビの傍にあるボックスを開けてみた。 「わ...」 思わず声が漏れる。 「どうしたのだよ」 緑間が問う。 「もしかしたら、ちゃん。今回の大会のために、これ全部見て記憶したのかも...」 赤司と緑間は顔を見合わせ、立ち上がる。 黄瀬が覗き込んでいたボックスを覗き込んでみた。 乱雑に詰め込まれているディスクの数に驚いた。そして、赤司は声を漏らす。 「なるほど...」 「何がっスか?」 「高校に入ってからの僕のデータなんて殆どないはずだった。けど、今日。君は完全に僕を読んでいた」 帝光中学時代のディスクが上のほうにたくさんあった。つまり、最近に見たのはその帝光中学時代のディスクということだ。頭の中で色々補正をしながら見たのかもしれない。彼女なら、おそらくそれくらいは出来る。 「ちゃんが?」 「さっきの延長戦、テツヤが僕を止めただろう?あれは、君の読みだよ。それは、僕のこの目を持ってしても視えなかった。僕は君に読み負けた」 「偶然じゃないのか?」 緑間が問う。が凄いのは知っている。何せ、自分の嫁だ。 だが、赤司を上回るほどの読みとなると、容易には信じがたい。 「真太郎。昨日、僕に『敗北を知らない』と言っていたよね」 黄瀬は緑間を見て、彼は頷く。 「けれど、僕は、これまで敗北を味わったことがある。今日が初めてではない」 そう言って緑間の背後に視線を向けた。 「まさか...」 緑間の目が見開き、を振り返った。 「そう。君は僕に敗北を味わわせたことがある、世界でたった一人の人間だ」 くうくうと平和な寝顔をさらしている彼女が、この天才を破ったと言う。 「へー、ちゃん凄いっスねー。さすがっスねー」 黄瀬はのんきにそんなことを呟いていた。 黄瀬はDVDを見て、赤司と緑間は将棋を指す。 暫くして「ただいまー」との母親が帰ってきた。 荷物持ちは当然青峰と紫原だ。 「いやー、男の子楽だわー」 「つか、何で蜜柑1箱買ってんだよ。2人で食いきれるのかよ!」 青峰が言う。 「ああ、旦那が今日か明日帰ってくるから。3人よ」 「や、2人も3人もかわんねーよ。蜜柑だぞ、蜜柑」 「大丈夫よー。腐る前にデザートにしてくれるから。旦那かさんが」 ニコニコと上機嫌に彼女がいう。 そして将棋を指している2人を見つけて覗き込んだ。 「あらあら。真太郎君ピンチじゃない」 「わかるんですか?」 赤司が見上げて問う。 「ルールはイマイチ。ただし、どっちに傾いてるかはわかる」 「こういうボードゲームはされるんですか?」 「チェスならね」 買い物から戻ってきた皆はそれぞれ寛ぎ始める。というか、凄く寛ぎやすい家だと改めて思った。 「ね、征十郎君。岡目八目いいかしら?」 「...僕が良いといってからなら」 「あら、意地悪ね」 クスクスと笑っての母親が言う。 「ちょ、ちょっと待って!何かあるはず!どこか、ひとつだけ道があるはずなのよ!!」 盤上を真上から覗き込んでいる彼女が声を上げた。 緑間が投了をしようとしたのにストップをかけたのだが、どうしたら投了せずに終われるかまでがわからない。 ただ、まだ道がある気がする。直感でそう思っている。 「いえ、もうありません」 緑間が悔しそうに彼女に訴える。 パチン、と駒が盤の上に加わった。 「君」 責めるように赤司が彼女の名を呼ぶ。 「いいじゃない、今から夕飯の支度なのよ。ご飯までもうちょっと時間がかかるし、ここで終わったら暇でしょ」 たった一つだけ道を残していた。気付けば続けるし、気付かずに投了したらそれまでだと思っていた。 すると、寝起きのが間違えず残していた道を見つけた。 「そう!ここだわ。この駒でここしかなかったはず!!」 彼女の母親も何だか納得した。 緑間は目を丸くしてを見上げる。 「この先、一手でも選択を誤ったら負けだから。しっかり考えて落ち着いて指した方がいいよ」 そう言ってはキッチンに向かっていった。 赤司は少し苦々しげに眉を顰め、溜息をつく。 「さ、僕の番だな...」 パチン。 鋭い音と共に、赤司が次の駒を盤上に置いた。 |
桜風
12.11.23
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