グラデーション 98





「真太郎、一局どうだ?」

そう言って赤司が将棋盤を指差した。

「これは、くずしてもいいのだろうか...」

「撮っておけば良いんじゃないスか?」

米を研ぎ終わって炊飯器をセットした黄瀬が戻ってきた。携帯を取り出して今の盤上の駒を写真に収める。

「これで復元可能っスよ」

「じゃあ、久々に対局するか」


パチン、パチンと将棋の駒の音がする。

凄く静かな空間にぴんと張り詰めた空気。

「...涼太、何をしている?」

「写真、撮ったらダメっスかね?」

携帯を構えての前に座っている。

「ばれたとき、その携帯は真っ二つになるか、水没するだろうから、そのリスクを受け入れて撮るのは何の問題もないだろうな」

振り返って緑間が言う。

確かに、携帯を折られるか水にちゃぷんと落とされそうだ。携帯はともかく、待ち受けの画像は宝物なので出来れば避けたい事態だ。

仕方ないので諦め、DVDを見ることにした。

「ディスクが入ってるっスね」

呟いた。

「...まずはディスクを取り出して何が入っているかを確認しろ」

赤司が言う。

昔の苦い思い出が蘇る。

「え、けど。今のところ、この家ってちゃんとお義母さんだけだから、大丈夫じゃないっスか?」

赤司の意図に気付いた黄瀬が応えるが、赤司はその意見を酌もうとしなかった。

一応取り出してみた。

ラベルが貼ってある。

「これ、中学のときのっスね」

何故中学のが入っているのだろうか、と黄瀬は首を傾げた。

そして、テレビの傍にあるボックスを開けてみた。

「わ...」

思わず声が漏れる。

「どうしたのだよ」

緑間が問う。

「もしかしたら、ちゃん。今回の大会のために、これ全部見て記憶したのかも...」

赤司と緑間は顔を見合わせ、立ち上がる。

黄瀬が覗き込んでいたボックスを覗き込んでみた。

乱雑に詰め込まれているディスクの数に驚いた。そして、赤司は声を漏らす。

「なるほど...」

「何がっスか?」

「高校に入ってからの僕のデータなんて殆どないはずだった。けど、今日。君は完全に僕を読んでいた」

帝光中学時代のディスクが上のほうにたくさんあった。つまり、最近に見たのはその帝光中学時代のディスクということだ。頭の中で色々補正をしながら見たのかもしれない。彼女なら、おそらくそれくらいは出来る。

ちゃんが?」

「さっきの延長戦、テツヤが僕を止めただろう?あれは、君の読みだよ。それは、僕のこの目を持ってしても視えなかった。僕は君に読み負けた」

「偶然じゃないのか?」

緑間が問う。が凄いのは知っている。何せ、自分の嫁だ。

だが、赤司を上回るほどの読みとなると、容易には信じがたい。

「真太郎。昨日、僕に『敗北を知らない』と言っていたよね」

黄瀬は緑間を見て、彼は頷く。

「けれど、僕は、これまで敗北を味わったことがある。今日が初めてではない」

そう言って緑間の背後に視線を向けた。

「まさか...」

緑間の目が見開き、を振り返った。

「そう。君は僕に敗北を味わわせたことがある、世界でたった一人の人間だ」

くうくうと平和な寝顔をさらしている彼女が、この天才を破ったと言う。

「へー、ちゃん凄いっスねー。さすがっスねー」

黄瀬はのんきにそんなことを呟いていた。


黄瀬はDVDを見て、赤司と緑間は将棋を指す。

暫くして「ただいまー」との母親が帰ってきた。

荷物持ちは当然青峰と紫原だ。

「いやー、男の子楽だわー」

「つか、何で蜜柑1箱買ってんだよ。2人で食いきれるのかよ!」

青峰が言う。

「ああ、旦那が今日か明日帰ってくるから。3人よ」

「や、2人も3人もかわんねーよ。蜜柑だぞ、蜜柑」

「大丈夫よー。腐る前にデザートにしてくれるから。旦那かさんが」

ニコニコと上機嫌に彼女がいう。

そして将棋を指している2人を見つけて覗き込んだ。

「あらあら。真太郎君ピンチじゃない」

「わかるんですか?」

赤司が見上げて問う。

「ルールはイマイチ。ただし、どっちに傾いてるかはわかる」

「こういうボードゲームはされるんですか?」

「チェスならね」

買い物から戻ってきた皆はそれぞれ寛ぎ始める。というか、凄く寛ぎやすい家だと改めて思った。

「ね、征十郎君。岡目八目いいかしら?」

「...僕が良いといってからなら」

「あら、意地悪ね」

クスクスと笑っての母親が言う。


「ちょ、ちょっと待って!何かあるはず!どこか、ひとつだけ道があるはずなのよ!!」

盤上を真上から覗き込んでいる彼女が声を上げた。

緑間が投了をしようとしたのにストップをかけたのだが、どうしたら投了せずに終われるかまでがわからない。

ただ、まだ道がある気がする。直感でそう思っている。

「いえ、もうありません」

緑間が悔しそうに彼女に訴える。

パチン、と駒が盤の上に加わった。

君」

責めるように赤司が彼女の名を呼ぶ。

「いいじゃない、今から夕飯の支度なのよ。ご飯までもうちょっと時間がかかるし、ここで終わったら暇でしょ」

たった一つだけ道を残していた。気付けば続けるし、気付かずに投了したらそれまでだと思っていた。

すると、寝起きのが間違えず残していた道を見つけた。

「そう!ここだわ。この駒でここしかなかったはず!!」

彼女の母親も何だか納得した。

緑間は目を丸くしてを見上げる。

「この先、一手でも選択を誤ったら負けだから。しっかり考えて落ち着いて指した方がいいよ」

そう言ってはキッチンに向かっていった。

赤司は少し苦々しげに眉を顰め、溜息をつく。

「さ、僕の番だな...」

パチン。

鋭い音と共に、赤司が次の駒を盤上に置いた。









桜風
12.11.23


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