| 駅前で待ち合わせて、じゃあ、映画でも行こうかと話をしていたところで携帯が震えた。 黄瀬はそれを黙殺していたが、 「黄瀬くん、携帯鳴ってない?」 と隣を歩くに指摘されて心の中で泣きながら電話に応じた。 「はあ?!ちょ、何言ってるんスか!」 はきょとんと黄瀬を見上げていた。 電話なら、と距離を取ろうとしたら腕をつかまれてそれが出来なかった。 だから、電話から漏れてくる声も聞こえた。 どうやら上手く連絡が行っていなかったため、今日の撮影にモデルがいないとか。 そのため、黄瀬に代打を頼みたいという内容だった。 しかし、黄瀬はこれからとのめくるめく楽しい時間が待っていると期待していたところで、つまり、その依頼には応じられないと言いたい。 クイクイとが黄瀬の袖を引く。 「ちょっと待ってて」 不機嫌にそう電話の向こうに言って 「何スか?」 とに優しい声を出す。 「困ってるなら、行った方が良いんじゃない?」 「え、でも。せっかく...」 「そんなに長い時間掛かるの?」 が問うと 「そこまで長くは...けど、映画...」 「映画は、また見に行く時間を取ろうよ。それに、わたし黄瀬くんのお仕事してる姿、見てみたい。あ、付いて行っちゃダメ?」 「ううん!ダメって言ったら断る!!」 そう言って黄瀬は電話の相手に自分の彼女も一緒にスタジオに入って良いなら受けると条件を出した。 その程度の条件なら、と向こうは快諾したらしい。 タクシーを拾ってスタジオに向かう。 「あれ、意外と普通」 スタジオの入っている建物を見上げてが呟いた。 「そうっスか?」 「何か、スタジオって聞いたらババーンって大きな建物想像してたから」 が少しだけ恥ずかしそうに言うと 「あー、そうかもしれないっスねー」 と黄瀬が苦笑した。 本日撮影のあるスタジオのドアを開ける。 「おはようございます」 黄瀬がそういいながら入り、 「ちゃん」 と優しい声で促した。 「お邪魔しまーす...」 おずおずとスタジオに入るの背を優しく押して黄瀬は彼女に座るように椅子を勧めた。 「ごめんね、黄瀬君」 「もう次はないっスよ。せっかく久しぶりのデートだったのに」 物凄く不機嫌に言う。 「デート?」 そう言いながら黄瀬に声をかけてきた人物がを見下ろした。 「デート?」 黄瀬にもう一度問い直している。 「オレ、帰る」 「ちょちょちょ、待って。ごめん、うん。ごめん」 今の彼の視線は間違いなくを馬鹿にした。それを許せるほど自分は心が広くない。 第一、背が高くて胸があって顔が小さいだけの女を良い女だと思っているんだったその考えは即行捨ててしまったほうが良い。 「ちゃん、ちょっぱやで済ませるからちょっとだけ待ってて」 そう言って黄瀬はその場を離れていった。 はキョロキョロとスタジオの中を見渡す。ドラマで見るような雰囲気だ。 「どうぞ」とココアが出された。 「あ、ありがとうございます」 慌ててが礼を言った。 何故ココアだろう、と思っていると 「黄瀬君が、あなたにココアを出して欲しいって」 とココアを出してくれた女性が言う。 嬉しそうに微笑んだを見て彼女は微笑む。 (そっかー、なるほど...) こういう仕事をしているので、女性のモデルはたくさん見てきた。 礼儀正しい子も少なくないが、それでも居丈高な子も多い。下っ端のスタッフをバカにしているのだっている。 黄瀬もそんな女の子をたくさん見ているからこの子が良いと思ったのかもしれない。 「モデルは掴まったかー?」 山男みたいな人がスタッフに声をかけてきた。 「黄瀬君が掴まりましたー」 「またあいつか」 彼は笑う。 そして、ふと、視界の隅に入ったに興味を持った。 「お嬢ちゃん、どこかで見たよ」 「へ?」 椅子から立ち上がり、は首を傾げた。 「あー、わかった。涼太のオトモダチだ」 以前、黄瀬の携帯に貼ってあるプリクラで見たのだ。 はそれを訂正すべきか悩んでいると 「カノジョさんらしいですよ」 とにココアを出してくれたスタッフが訂正する。 「何だ、カノジョか」 彼はの傍にやってきて、適当に椅子を引いてドカッと座った。 「おっちゃんが怖くないか?」 「背が高い人の知り合いは多いので、大丈夫です」 とが肩を竦める。 「そうか」 と彼は頷いて豪快に笑った。 「んで、いつから付き合ってんの」 「えと...」 言っても良いのだろうか。 「じゃあ、当ててあげよう」 そういった彼に驚いて目を丸くしていると 「去年の春頃。4月の半ば..くらいかな?」 と彼が言う。 「え、何で?」 「涼太の表情、雰囲気がガラッと変わった時期だよ」 はコクリと頷いた。 「まだ1年未満かー。てか、涼太の性格上、あまり長続きしないと思ったんだけどなー」 「酷いっスね。あと、オレの彼女に絡むのやめてほしいんスけど」 声に反応してが振り返る。 「わ、」と思わず声が漏れた。 「ちょっぱやで済ませるから、ちょっと待っててね」 黄瀬が先ほどと同じ言葉を繰り返して言う。 「おー、自信満々じゃねーかー。彼女の前だからってかっこつけんな」 そう言いながら彼は立ち上がる。 スタッフが「準備できました」と声をかけていた。 彼はカメラマンらしい。そして、彼の名前に聞き覚えがあった。 「あ...」 「ん?どうしたんスか?」 の隣にいた黄瀬が問う。 「あの人、黄瀬くんの写真をたくさん撮ってる人だよね」 「まあ、多いかなぁ...」 そう呟く黄瀬にが自分の記憶している彼が撮った黄瀬の写真が載っていた雑誌を口にした。 「言われてみれば結構あるっスねぇ」 「おい、涼太。ちょっぱやだろ」 声を掛けられて「はいはい」と返事をする。 「じゃ、たまにはモデルの黄瀬涼太くんに見惚れてね」 そう言って黄瀬はカメラの前に立った。 (うわぁ...) は思わず自分頬を両手で包む。 文句なしにカッコイイのだ。 雑誌の、紙媒体で見るより断然今の『モデル黄瀬涼太』の方がカッコイイ。 ふと、黄瀬がに視線を向けて微笑んだ。 真っ赤になって俯くに黄瀬は笑う。 「...お嬢ちゃん」 カメラマンが振り返ってに声をかけた。 「は、はい!」 慌てて彼女が立ち上がる。 「ちょっとこっち来て」 「ちょっと、何するんスかー」 警戒する黄瀬の声に彼は笑う。 「俺の後ろに立ってて」 「はい?」 カメラマンにそう言われては首を傾げながらも言われた通り、そこに立った。 「もー、何スか」 そういいながら黄瀬はカメラマンを見る。 「んじゃ、涼太はお嬢ちゃんに視線」 指示された黄瀬はに視線を向けた。 じっと見つめられるは居た堪れない。 だが、逃げることも出来ず、直立不動で、顔を真っ赤に染めている。 その表情を見た黄瀬は笑う。 その間もカメラのシャッターは途切れることなく切られていた。 「よし、こんなもんか。お嬢ちゃん、ありがとう」 カメラマンがそういったのを受けては「きゃー」と先ほどまで座っていた椅子に逃げていった。 「もう上がり?」 「いや、もうちょい付き合え。その前に、これ見てみろ」 そういわれて黄瀬は今撮ったばかりのショットを見せられた。 「は?」 こんな表情、知らない。たくさんカメラの前に立ってきた。雑誌として出来上がった商品としての自分の姿も見ている。 だが、初めて見る自分の表情。 「お嬢ちゃんが俺の後ろに立ってからのだよ」 苦笑して彼が言う。 「お嬢ちゃん!」 「は、はい!!」 は返事をして立ち上がった。 「今日、デートの邪魔したお詫びに記念写真を撮ってあげるよ。涼太がちょっぱやで済ませたから時間があるし」 「へ?」 「あ、いいっスねー。あー...けど、ちゃんにぴったりの衣装はないっスよね」 さすがにそのサイズの服は用意されていないだろう。何より、メンズの雑誌なのだから、レディスの衣装が用意されているはずがない。 「お前も私服に着替えたらバランスは取れるだろ」 カメラマンに指摘されて「っスねー」と黄瀬は頷く。 「え、あの...」 「撮ってもらおうよ」 黄瀬に言われては頷く。 「じゃあ、メイクしてあげる」 ウズウズしていたらしい女性が声をかけてきた。 「頼んだっス!」 「え?」 着替え終わってのメイク待ちをしていた黄瀬はずっと落ち着きがなかった。 「落ち着け」 「だって、楽しみじゃないっスかー」 「おっまたせー!」 弾んだ声でを連れて行った女性が戻ってきた。 「黄瀬君、腰抜かすよ」 もったいぶって彼女が言う。 彼女のすぐ後ろにが隠れているのだ。 そわそわしながらが顔を出すのを待っていると 「恥ずかしいですー」 とが動かずに言う。 「大丈夫。楽しかったーー!!」 そう言って彼女がひょいとその場から離れる。 「わ...!」 黄瀬が声を上げた。 思った以上に可愛い。 「ちゃん、結婚しよう!」 「はあ?!」 黄瀬の言葉にが盛大に呆れた声を上げた。 さすがに黄瀬のその言葉に周囲はぽかんとしたが、やがてドッと笑いだす。 「さ、お嬢ちゃん。バカな涼太の発言はともかく、ほら。涼太、彼女をちゃんと連れて来い」 促されて先ほどまで黄瀬が立っていた場所に彼によってエスコートされる。 最初は硬い表情をしていたも、黄瀬のおかげでいつもの自然な笑みを浮かべることができ、その隙を逃さずシャッターが切られた。 「ほらよ」 そう言ってカメラマンに渡されたのはポラロイドカメラで撮った先ほどの写真。 「わ、やっぱりプロのカメラマンさんに撮ってもらうと違うんだね」 そう言っては黄瀬を見上げた。 「え?これ、ちゃんのいつもの笑顔っスよ?」 首を傾げて黄瀬が返す。 「へ?」 「あー、どれも可愛いっスね。選べないっスよ」 「もう全部持って帰れ。そろそろこのスタジオ空けなきゃならんそうだ」 面倒くさそうにカメラマンが言う。 「あの、ありがとうございました」 深々と頭を下げて礼を言うに彼は苦笑した。 「いいよ。俺も楽しかったし」 そう言ってカメラマンがスタジオを出て行く。 はその後、スタッフ達にも丁寧に礼を言って、黄瀬と共にスタジオを後にした。 「ねえ、ちゃん。今度あのメイクさんにそのメイクに何を使ってるか聞くから揃えないっスか?メイクもオレ、ちゃんと聞いて教えてあげるから」 黄瀬が弾んだ声を出す。 「え、うん...」 「ダメっスか?」 覗うように黄瀬がを見た。 「ううん。あのね、使ったコスメなら全部覚えてるし、メイクも丁寧に教えてもらったから。自分で、できる...」 最後消え入りそうになる声に彼女の照れが見える。 「ホントっスか?!」 「うん。変..じゃないの?」 先ほど、メイクさんが「黄瀬君、喜ぶよー」と言いながらメイクをしてくれたので、は彼女に色々教えを請うたのだ。 黄瀬が喜ぶなら、と一生懸命覚えようとしているを彼女はかなり好ましく思ったらしく、気合を入れてに最も合うメイクを教えてくれた。 「変じゃないっス!あ、でも。可愛すぎてまたナンパ増えるかもしれないっスね...それはムカつくなぁ。そうか!オレがちゃんちに毎回迎えに行けば良いんスよね」 黄瀬が自己完結を始める。 こうなると黄瀬はとりあえず落ち着くまでこちらの意見を聞かない可能性がある。 (...あとで、それだと時間がもったいないって言っておこう) はそう思いながら黄瀬と共にショッピングに向かった。 |
桜風
13.1.3
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