バレンタインデー





 「テツくーん!」

体育館の入り口から手を振っている友人に視線を向けて「ああ、桃井さん」と黒子は呟き、そちらに足を向ける。

「こんばんは」

黒子が挨拶すると、「こんばんは!」と彼女は弾んだ声で返す。

そして、きょろきょろと体育館の中を見渡した。

「今日は、どうしたんですか?」

は..もう帰っちゃった?」

「いいえ。さっき練習が終わったばかりなので、外で片づけをしていると思います」

「そっか」

そう言って桃井が振り返ると「あー...」と心から面倒くさそうな表情を浮かべた友人が近付いてきていた。

「丁度良かった」

「よくない。わたしは帰る。家には半泣きで『お腹すいたー』と訴えてくる良い年した大人が待っているのだ」

「その良い年した大人には連絡済。さ、帰ろうかー」

「何の連絡?!」

「ウチに泊り込みでご指導よろしくー」

「泊まり?!」

「じゃあね、テツ君。また明日!」

「ちょっと、本気?!てか、また前日??!!」

桃井に腕を引かれながら彼女がわめいていた。

「何だ、アレ...」

賑やかだった桃井とがいなくなって火神が黒子に問う。

「どうやら、僕の運命はさんにかかっているみたいです」

真剣な眼差しで彼はそう呟いた。


「あれ?自転車は?」

「今朝、雪が降ってたでしょ?さすがに自転車は危ないから今日は歩き」

電車とバスを乗り継いで桃井の家に辿り着いた。

「てか、わたし着替えないんだけど」

「あー、下着は私の使ってないのあげるから。あ、でもブラのサイズは...コンビニに寄る?」

「...いい」

は盛大に溜息を吐いた。

夕食をご馳走してもらい、桃井の部屋で一息つく。

「材料は?」

「一応、本を見て買ってる」

「本を見たのなら作れるでしょ」

呆れながらが言うと

みたいに見て全部理解できる人ばかりじゃないんだからね!」

とちょっと拗ねられてしまった。

「そうですか」と呟いては桃井が参考にしているという本を見せてもらった。

「あの、桃井さん」

「なに?」

「本気でコチラをお作りになるんですか?」

「うん!」

「これ、あったかくないと美味しくないよ?明日黒子くん、家に呼ぶの?」

の指摘に「え...」と彼女が呆然とした。

「材料余って良いんだったらブラウニーとか」

「せっかくテツ君に美味しく食べてもらおうと思ったのに...」

「だから、ブラウニーは如何でしょうか?」

が言うとしょんぼりしたまま桃井はコクリと頷いた。


「おい、さつき」

バンと不意に部屋のドアが開いた。

はゆっくり振り返り、なぜか自分を見て固まっている青峰を見上げる。

「大ちゃん!ノックしてって言ってるでしょ!!」

「お、お前だってオレの部屋に来るときにノックしねーだろうが!つか、何でがいるんだよ」

「お宅の幼馴染に伺って」

呆れたように返すの言葉の通り青峰は桃井を見た。

「明日、テツ君に渡すチョコを一緒に作ってもらうの」

弾んだ声で桃井が言う。

「...テツ、死ぬな」

「どういう意味よ!!」

、胃薬預けて良いか?」

「大ちゃん!」

「青峰くん。何のために、わたしが、泊まりこみで、さつきに付き合うと思っているの?ウチの選手を壊されたら困るもの。黒子くんの胃袋は、わたしが守る!」

の言い草に桃井は拗ね、青峰も少しだけ面白くなさそうに彼女を見た。

「...んだよ、テツのためかよ」

その言葉を聞いては噴出した。

「笑うな!」

「ごめんごめん。はいはい、青峰くんは何が食べたい?」



「グーとパー、どっちで行こうか?」

にこりと微笑んだに青峰は一歩後ずさり、

「大ちゃん!」

と桃井はの隣で顔を真っ赤にして抗議している。


お互い学校の課題が出ているのでそれを片付けてからの作業開始となった。

「今更だけど、明日の授業の教科書とか...」

「誰かしらに借りるから。中身覚えててもさすがに教科書広げていないと怒られるからね」

肩を竦めてが言う。

「なー、まだか?」

「宿題しとけば?青峰くん、さつきと同じクラスなんでしょ?」

なぜか台所にいる青峰が声をかけてくる。

まだ作業を始めたばかりだ。

桃井とが仲良さそうに作業している姿を眺めていた青峰は何だか寂しくなった。

仲間はずれにされている感じがした。実際、仲間はずれではある。

面白くないと思って、青峰はリビングで桃井が録画していたNBAの試合を見ることにした。

リビングからテレビの音が聞こえてきては手を止める。

「自由ねー」

「まあ、何と言うか。お互い小さい頃から行き来してて、自分ちみたいな感覚もあるからね」

桃井が苦笑した。

「ふーん...」

の気のない相槌に、桃井はこっそり笑った。


「風邪引くよ」

肩を揺すられて青峰は目を明ける。いつの間にかソファに座ったまま眠ってしまっていたらしい。

「あ?」

「風邪引くよ」

同じことを繰り返し言われた。

青峰は腕を伸ばして自分を起こしたを抱きしめる。

「おい、こら」

「甘い匂いがする」

スンスンと首筋を嗅ぐ。

「ちょっ!」

「出来たのか?」

腕を緩めず、しかし、が苦しくない強さで青峰が問う。

「うん、出来た」

「食いたい」

「あと2分待とうか」

にそういわれて青峰は首を巡らせ、時計を見て苦笑した。

「1分も2分も変わんねーだろ」

「変わる。あと、安心して。さつきも青峰くんに用意してたから」

クスクスと笑いながらが言う。

「...死なないよな?」

「ドンマイ!」

笑ってが言うと、丁度日付が変わった。

「ちょっと待って、持って来る」

がそういうが、青峰の腕は緩まない。

「こら、ちょっと...」

「このままでいーや。つか、こっちんがいーや」

「離して。ちょっと!ここ、人んち」

が言うと

「んじゃ、うちにつれて帰るか」

と青峰がを抱き上げて立ち上がる。

「ちょ...!さつき!さつきー!!」

が桃井を呼び、彼女は慌ててやってきた。

「大ちゃん!」

桃井に叱られて青峰は仕方なくを降ろした。

「んじゃ、仕方ねーからチョコの方で我慢してやるよ」

「誰が渡すか、ばーかばーか」

はそう言って逃げていった。

「ああ?!」

眉間に深い皺を寄せて青峰が不機嫌に呟き、

「明日、テツ君に言いつけるんだから!」

と桃井が言う。

「え、ちょっと待て。何でテツに言うんだよ」

確実に叱られる。


翌日、青峰は桃井から2つのチョコを貰った。

ひとつは桃井から毎年貰い受ける義理チョコ。そして、もうひとつは

が、大ちゃんにって」

と彼女が渡してきた。

「...おー」

とりあえず、すぐさま昨日の謝罪とチョコのお礼メールをした青峰だった。









桜風
13.2.14


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