バレンタインデー





 特にめでたいとは思わないが、が部長に就任してそろそろ1ヵ月半。

この時期の校内は少しだけ浮き足立っている。

男子も、女子も。


「お願い!」

手を合わされては遠い目をした。

「カントクは受験生なのでそちらに集中されては如何でしょーかー。あと2週間くらいで国立の二次だと聞いていますよー」

無責任に部員を危ない目に遭わせることも出来ないし、勿論、受験を控えている先輩たちも同じくだ。

「えー、息抜きよ、息抜き。は私の成績知ってるでしょ?」

そう。ただ今、にバレンタインチョコの作り方を教えてもらいたいと手を合わせているこの相田リコは、学年2位の成績の持ち主だ。

元々誠凛高校はそこまで学力に力を入れている学校でもないが、それでも全国模試でも上位には入っているとか。

そんな彼女がたった1日息抜きをすること自体、特に問題はないだろう。

だが、その成果品でぶっ倒れる人が出てくるとなれば話は別だ。

(そういえば、数年前も頑張ったなー...)

中学時代、友人がバレンタインチョコを用意したいと言い出し、それを断固拒否したいという彼女の幼馴染に拝み倒されてそれは何とか阻止したことがある。

?」

「あー、はい。チョコを溶かして固める」

「それは去年教えてもらったから大丈夫。今年はトリュフ!」

「...レベルアップするにしても、ちゃんと段階を踏みませんか?」

「トリュフ!トリュフあげるって約束したんだもん!」

(それは、『約束』ではなく、一方的な『宣言』では...?)

そんなことを思ったが、口に出すことはなく、結局拝み倒されて頷いてしまった。


さん」

声を掛けられて振り返る。

「黒子くん」

「カントクのお願い引き受けたんですか?」

同じクラスの黒子は、昼休憩にやってきたリコの存在とその用事まで知っている。

「...日向さんたちの胃袋はわたしが守るよ」

遠い目をして言う。

「中学のときみたいですね」

クスリと黒子が笑った。

「わたしもそれを思い出した。あの時は、青峰くんに必死に『断固阻止してくれ!』って頼まれたもんねー」

も苦笑する。

「...さん」

不意に黒子の声音が変わる。

「何?」

真剣な声には真剣に返す。

「僕のは、特別にもらえるんですよね?」

「...は?」

きょとんとした。

真剣な声でそんなことを確認されるとは思わなかった。

「ダメ、なんでしょうか...」

「ううん!そのつもりだったから。それを態々言われてビックリして...」

「それなら、嬉しいです」

黒子は目を細める。

昨年は、当然ではあるが他の部員と同じものを貰った。

一応手作りで、ただし、リコに付き合って作ったものだ。

だが、今年は昨年とは違う。と黒子は恋人同士という関係になっているのだ。

他の部員達にあげるのは、マネージャーとしての立場だろうから仕方ない。

彼女にも彼女の立場がある。そこには理解を示せる。

だが、彼氏としてはそれだけでは面白くないのだ。

「先輩たちにもあげるんですか?」

「お世話になったからね」

そう言ってが頷く。

しかし、そうなると益々自分が『特別』という感じが薄れる。

少しだけ黒子は拗ねた。

「どうしたの?」

「え?」

不意にに声を掛けられた。

「何か、ちょっと..拗ねちゃってる?」

顔を覗きこんで彼女が言う。

「え?」

「うーん...」

じっと彼女が黒子の顔を見ていた。

黒子は少しだけ腰を曲げて彼女の額に唇を落とす。

「こ、こら!」

額を押さえて赤くなる彼女に黒子は笑った。

「そうだ、さん」

「な、なに...」

警戒する彼女ににこりと微笑む。

「バレンタインデーのチョコは、みんなと同じチョコだけで良いですよ」

「へ?」

物凄く不思議そうには首を傾げた。

「その代わり、帰りに少しだけ寄り道して..デートしませんか?さんの作るお菓子が美味しいのは知っていますけど、2人で過ごす時間も欲しいです」

そういった。

「うん!それ素敵!!お母さんにお願いしてみるね」

学校帰り、まっすぐ帰るだけの下校デートならよくあることだが、彼女の家庭の事情であまり寄り道が出来ない。

だから、たまには帰りにどこかに寄って、デートをしたいと思ったのだ。

別にバレンタインデーに拘る必要は無いが、せっかく良い口実があるのだ。使える口実は使ってしまったほうが良い。

彼女の笑顔に微笑み、「約束ですよ」と黒子は小指を差し出した。

その指に自分の小指を絡めたは弾んだ声で返事をして頷いた。









桜風
13.2.14


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