バレンタインデー





 校内はにわかに浮足立っている。

充てのある人はもちろん、もしかしら、と期待を持っている人も少なくないのだろう。

そんな空気を感じつつ、は他人事だった。

昨日、郵送手続きを済ませたからだ。ちゃんとクール便にしたし、問題ないだろう。

学校、部活が終わって寮に帰ったら彼に渡されるはずだ。

一昨日、いろいろと試作品を作って、母親に試食してもらい、一番いいものを改めて作って送った。

だから、昨日は少々寝不足でもあった。


先輩」

声をかけられて振り返る。

今年はマネージャーが入った。

年度当初はもっといたが、結局残ったのは2人だった。

元々部員はそこまで多くないからマネージャーの数的には充分である。

「なに?」

「チョコ、いつ渡しましょうか」

彼女たちの希望により、選手たちにチョコレートを購入している。

「終わってからでいいんじゃない?休憩中っていうのも手だろうけど」

彼女のうちの一人の本命がどうやら選手の誰からしい。

どさくさに紛れて自分の本命も渡したいのだろう。

はそういうオトメゴコロというものに縁遠いところがあるため、踏み込んで話を聞いたりできないが、協力できるところは協力している。

これくらいの気遣いができるのは、中学時代の友人である彼女のおかげだろう。

感謝である。


ちんだー」

「へ?」

聞きなれた声に反応して振り返ろうとしたが、その時にはすでに持ち上げられていた。

ガンッとすごい衝撃が脳天に突き刺さる。

「あれ?」

「紫原君!」

黒子が駆け寄ってきた。

「あれ?ちん。どうしたの?」

涙目で頭を押さえているに首をかしげて紫原が問う。

ちなみに、彼女のそばにいた後輩マネージャーたちは早々に避難した。

さすがに2m超える大男は怖いようである。

「紫原君、さんとおろしてください」

「やだ。なんで黒ちんがそんなこと言うの。ちんはオレのだし」

そういいながらぎゅーっとを抱きしめた。

「今、紫原君がさんを持ち上げてそこにぶつけたんですよ」

そういって指差したのは、バスケットゴール。そのボードに下端のしかも角に彼女の頭が当たったのだ。

紫原も彼女に会えたことが嬉しかったのか、持ち上げるのに結構スピードがあったので、その衝撃は推して計れる。

「え、ちん。大丈夫?」

「うん、痛い」

やはり目に涙を浮かべているに紫原は眉を寄せる。

「ごめん」

そういって紫原はの目じりに浮かんでいる涙に唇を寄せて、ついでに彼女の脳天にも唇を落とす。

「ちょ、紫原くん?!」

が声を上げるが、彼は何もおかしなことをした気がないので、首をかしげるだけだった。

「じゃ、黒ちん。ばいばい」

そういって紫原はを小脇に抱えて体育館を出て行こうとした。

「待ってください。部活はまだ終わってません」

「でも、早くしないとちんと一緒にいられる時間ないし」

そういって振り返る。

先ほどと話をしていた後輩マネージャーがびくりと震えた。

ちんほど働けなくても、いるじゃん。マネージャー」

「あーえー...火神くん。早退しまーす」

が言うと「あー、そーしろ」と彼はうなずいた。

とりあえず、ここで紫原がとどまっても部活に支障が生じる。

この点では、も火神も意見が一致した。

「あとよろしくね」

後輩たちにそう声をかけると彼女たちはうなずく。

「じゃーねー」

「まず降ろそうか」

「やだー」

そんな会話をしながら2人は体育館から出て行った。

も大変だなー」

彼らを見送った部員の一人がポツリとつぶやき、周囲は深く頷いた。


「ね、制服には着替えさせてくれないかな?あと、カバン」

「そか。うん、いーよー」

そんな会話をしながら、女子更衣室に向かう。

「ちょっと、待とうか」

「やだー」

一緒に更衣室に入ろうとした紫原を止めると、意外なことに抵抗された。

「だって、捕まっちゃうよ」

「今の時間、部活終わることのほうが少ないはず」

「...カバンを即行取ってきますので、お待ちください」

着替えるのはあきらめた。

「今日、陽泉、部活は?」

が問うと

「オフ」

と紫原は返す。

の家への帰り道、彼女は自転車を押しているので手はつなげない。

すごく残念そうにしている紫原に苦笑する。

「ねー、ちん。今日は何の日?」

「バレンタインデー」

「オレにある?」

「...寮に送っちゃったよ?」

「えー!!」

紫原は抗議の声を上げた。

「だって、紫原くんがこっち来るなんて知らなかったんだもん」

たしかに、と紫原は黙る。

驚かせたかったから黙ってきた。

驚いてはもらえた。だが、その代りバレンタインチョコはもらえなかった。

「今日、何時の新幹線?」

「最終」

「え、門限とか...」

「届出してるし。帰省てしたから」

たしかに、彼の地元には帰ってきているが...

「家に帰るの?」

「ううん。だって、ちんに会いに来たんだし」

(いいのかなぁ...)


「ただいまー」

が自転車を置いているとそのまま紫原が家に入って行った。「ただいまー」と言いながら。

「あら、お帰りー」

玄関先に姿を見せた彼女の母親は笑いながら「お帰り」という。

「あっ君、久しぶりねー」

冬休みに何回か遊びに来たが、それ以来となると、ひと月ぶりとなる。

「ひさしぶりー。今日は早いね」

そんなことを言いながら紫原は玄関を上がって彼女の母親とリビングに向かう。

「なんだ、これ...」

そんな2人を苦笑しながらはつぶやいた。

夕飯を3人で食べて、デザートを所望されたは簡単に作れる、時間のかからないものを作った。

「そういえば、あっ君。さんからのバレンタインプレゼントは食べた?」

「ううん、寮に帰らずに直接来たからまだ」

「美味しかったわよー」

思い出したようにぼうっとしながら彼女の母親が言う。

「なんでおばちゃんが知ってるの?」

「大試食会を開いて、そのうちで、一番おいしいと思ったものをあたしが選んだから」

ニヤッと笑って言う。

「おばちゃんずるい!」

紫原が声を上げる。

ちん、おばちゃんズルい」

「...仕方ないじゃん」

は困ったように返す。

「いいもん。オレ、ちんと結婚して毎日おいしいお菓子作ってもらうもん」

紫原が言う。

「へ?」

の口から思わず声が漏れる。

母親はといえば、にやにやと笑ってそんな2人を眺めていた。

「それは、楽しみな未来ねー」

「うん」

紫原は満面の笑みで頷き、は赤くなって俯いていたのだった。


その日の夜中。

寮に帰った紫原からメールが届く。

早速の送ったバレンタインプレゼントを味わったとのことだ。

嬉しそうな文面に表情が緩んだだったが、彼女の返したメールの文面は、

「ちゃんと歯磨きすること」

だった。

受け取った紫原はちょっとだけ拗ねたのだった。









桜風
13.2.14


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