| その日の練習が終わると、は居残り練習に付き合わずに帰っていった。 「あれ、は?」 体育館の中をぐるっと見渡して火神が言う。 「帰りましたよ」 黒子が応じる。 「あー?ちょい練習試合のことで相談したかったのに...」 「今日は日が悪いですよ」 黒子が苦笑して指摘する。 「は?」 「今日は、バレンタインデーです」 (...だから、カントクの殺人チョコが差し入れされたのか) 別のことを納得した火神だった。 電車に揺られてはまっすぐそこに向かった。 遅い時間だ。もう他校の生徒が入り込んでも見咎められることはない。 目的地、バスケ部の体育館に着いて彼女は苦笑した。 「こりゃムリだ...」 少しだけ寂しそうに笑っては回れ右をした。 ドン、と誰かにぶつかった。 「すみません」 と謝ると 「や」 と短く返される。 顔を上げて見上げると、そこには懐かしい顔があった。 「あら、笠松さん」 「お、おお..お前!」 笠松は数歩後ずさる。 「あっはっはー。中の中デース」 からかうように彼女が言うと笠松は「言うな!」と返した。 「どうしたんですか?」 「あ?ああ、近くに来たもんだから」 視線を逸らしたまま彼が返した。 「女嫌い、多少は克服できたみたいですねぇ」 とりあえず、会話はしてくれている。 「うるさい」 苦々しく返された。 「誠凛のマネージャーが何でウチにいるんだよ。今日、練習試合か?」 「さすがに週の半ばに県境跨いでの練習試合はないですよ」 「んじゃ、何で...」 「黄瀬くんに会いに来たんですけど、今乗り込めるほどの勇者ではないので」 は寂しそうに笑った。 体育館の入り口に笠松が視線を向け、「ああ、アレか」と呟く。 体育館から溢れんばかりの女子の数。実際溢れている。去年もあんな光景を目にした。 あの光景を目にした森山が「解せん」とずっと文句たらたらだったのを思い出す。 黄瀬に好意を持っている女子。彼氏とは別腹で黄色い声援を送っている女子。 様々な思いがそこにあるのだろう。 笠松は誠凛高校バスケ部のマネージャーを見下ろした。 彼女は黄瀬の中学時代からの友人で、黄瀬の片想いの相手で... 「こんな日に来るからだろ」 眉間に皺を寄せて指摘する。 「今日じゃないと意味がないと思ったので」 先ほどから彼女が見せる寂しそうな笑顔に笠松は少しだけ胸が痛んだ。 「学校出て、右手側。大通りに沿って歩いてたらファミレスがあるから、そこにいろ」 突然そんなことを言われた。 「デートのお誘いですかー?」 首を傾げて言うと 「しばくぞ」 と凄まれる。 は苦笑した。 「ごめんなさい。えと、ファミレス。学校出て右手、大通り沿い」 「おう」 「わかりましたー」 そう言ってはペコリと頭を下げて海常高校を後にした。 笠松に言われたファミレスで時間をつぶしていた。 というか、いつまでここにいたら良いのかわからない。 今日は黄瀬のところに行くから、と母親に話をしていて夕飯は作らなくて良いという話になっているのでそこまで急がなくても良いのだが... 「ちゃん!」 軽い足取りで駆けて来たのは黄瀬だった。 「あれ?」 「ごめんっス!」 黄瀬がパシンと手を打って謝る。 「え、と。何が?」 「せっかくウチに来てくれてたのに、オレ気付かなくて」 「あ、ううん。体育館の中は覗いていないから、黄瀬くんが気付けなくて当然なんだけど...え、何で?」 「センパイ。笠松センパイにちゃんが来てること教えてもらったんス」 「笠松さん?」 「ちゃんが、学校に来てたけど体育館入り口の様子見たら回れ右しちゃったみたいだって」 「う..ん」 「でも、笠松センパイがちゃんがここにいるから急いで行けって言ってくれて」 「でも、練習は?」 「上がろうと思ってたところに声を掛けられたから。大丈夫っスよ」 にこりと微笑む。 はチラと黄瀬の持っている大荷物に視線を向けた。 「凄いね...」 「え?あ、ああ...こっちのことも考えて欲しいスよね」 苦笑した黄瀬に対しては俯く。 「あ、ちゃんのは欲しいっスよ!」 「ホントに...?」 疑うように言うに黄瀬は「ちゃーん」と情けない声を出す。 「だって、そんなたくさんあるし。甘いものを沢山だなんてモデルさんの肌に良くないでしょ?」 「これは、事務所にもって行って、みんなに食べてもらうっス。オレが食べるのはちゃんだけ」 (...ん?) は首を傾げた。 「ちゃんのチョコだけ」 (思わず願望が出ちゃったっス...) 慌てて言い直した黄瀬はちょっとだけ反省した。 黄瀬もファミレスで軽く食事をして共に東京に向かう。 今日はなぜか仕事を入れられていたため、自主練も少しだけ早く切り上げたと黄瀬が説明した。 「今日はお義母さん、残業なんスか?」 「普段からだいたい定時には帰ってこないよ。けど、今日はわたしが黄瀬くんに会いに行くって言ったら、夕飯要らないって言ってくれたの」 (お義母さんは協力的なんスけどねー...) 過去に何度か彼女の父親にド突かれたことを思い出しながら、黄瀬はそんなことを思っていた。 一緒に電車に乗ったが、座席は殆ど埋まっているのでドアの前に立つ。 「大丈夫っスか?ちゃんだけでも座れないっスかね...」 並んで座れなくても、ひとりなら座れるスペースくらいあるだろう。 「うん、大丈夫。それに、わたしが座っちゃったらそれでなくとも身長差があって大変なのに、もっと大変」 「大変?」 「おしゃべり出来ないじゃない」 困ったようにが笑う。 「そうっスね。けど、疲れたらちゃんと言って欲しいっスよ?」 黄瀬が言うと彼女は「はーい」と頷いた。 「ねえ、ちゃん」 「ん?」 「これって、何か同じ学校に通ってるみたいっスね」 同じ電車に乗って同じ場所に向かう。しかも、学校帰りだ。 は笑った。 「そうだね」 「だから、海常に来ないっスか?」 「やだ」 間髪入れずに返されて黄瀬は苦笑する。 「まあ、ライバル校というロミジュリ的な設定も燃えるっスよねー」 「ポジティブねー」 そう言ってが笑った。 |
桜風
13.2.14
ブラウザバックでお戻りください