| 「」 口の中でつぶやき、黒子はその場にうずくまる。 (恥ずかしい...) なれないというのが一番だとは思うが、なかなか難しそうだ。 先ほど部活が終わって部室で着替えていると後輩に聞かれた。 「先輩のこと、何て呼んでるんですか?」 誰も聞けなかった黒子と彼女のこと。 いかんせん、この2人はこれまでと何ら変わった様子を見せないのだ。付き合っているというのは本人に確認したので間違いないのだが、確認していなかったらやっぱりわからないだろう。 恐れを知らないのに好奇心があるというのは素晴らしい、と3年はもちろん黒子とと同学年の2年のチームメイトもひっそりと耳をそばだてる。 「『さん』ですけど...」 「え、それじゃあクラスの女子を呼ぶのと大差ないじゃないっすか」 そう指摘された。 何が悪いのだろうとその時は思った。 しかし、そのあと偶然降旗が電話でカノジョと会話をしているのを耳にしてしまった。 名前で呼んでいた。 それが、なんだか特別の感じがしてちょっとだけチャレンジしてみようと思ったのだが... 翌日、朝練が終わり、教室に着くとの姿が目に入る。 彼女は自分の席について座って文庫本を読んでいた。 「おはようございます」 黒子が声をかけると彼女は本から視線を上げて「おはよう」とほほ笑んだ。 黒子はさらに言葉を紡ごうとして、それをチャイムに邪魔をされた。 「なに?」 「...いいえ」 黒子のその様子に気づいて彼女は問うたが、彼は首を横に振り、自分の席に着いた。 昼休憩も黒子は意を決して彼女の名を呼ぼうとしたが、それは何かしらに邪魔をされる。 元クラスメイトに声をかけられたり、に電話があったり。 「ごめん」 着信画面を見てが言う。 「どうぞ」 黒子はそういって自分の昼食のパンを口に運んだ。 どうやら桃井からの電話のようで、今度の世界大会の話らしい。 彼女たちは選手と違って召集確実なのだ。 「え?赤司くんがそんなこと言ってたの?」 会話の中にはキセキの世代、彼女たちの、そして自分の元チームメイトの名前が挙がっている。 (面白くない...) 自分が発する側の時はさほど思わなかったが、彼女に呼ばれる側としては確かに面白くない。 友人たちと『同じ』なのだ。 呼び名がすべてだとは思わない。 だが、されど呼び名なのだ。 彼女は通話が終わり、電源ボタンを押していた。 「桃井さんは何て?」 「ああ、買い物一緒に行こうって。遠征長くなるでしょ?旅行用の大きなトランクがほしいからって」 「..さんは、トランクとか持ってるんですか?」 さすがに呼び捨てはハードルが高かった。元々人を呼び捨てなんてしないのだ。 ちらっと彼女を覗ってみると固まっている。 「あの、えと」 名前で呼ばれるのは嫌だったのだろうか。 「テ、テツヤ..くん」 絞り出すように彼女がいう。 ドクンと心臓がはねた。 「け、結構..その...照れくさいですね」 「ですね」 向かい合って座る2人は俯いたままそんな会話をする。 「あの、事後承諾っぽくなったんですけど。名前で呼んでもいいですか?」 控えめに黒子が言う。 しかし、彼女の反応がない。 (嫌なんだろうか...) 「嫌なら、その...」 「い、嫌じゃないけど。その、破壊力が半端なくて。わたし、持つかなーっていうか...て、テツヤくんは、平気..なの?」 「全然平気じゃありません」 きっぱりという黒子に驚いて彼女は顔を上げた。 「全然平気じゃないですけど、嬉しいです」 照れたように黒子が言うとは「わたしも」と同じような表情をして返す。 2人は顔を見合わせて噴出した。 「仕方ないね」 「そうですね。ゆっくり慣れましょう」 黒子の言葉に彼女は頷いて笑った。 |
桜風
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