崖当番






  「なー、真ちゃん。オレとちゃんが崖から落ちそうになってたら、どっちを助ける?」

ふいに高尾が言う。

昨日、妹からきいた。学校でそんな話になったと。

そして、ふと緑間に聞いてみたくなったのだ。

たぶん、間髪入れずに「に決まっているのだよ」と言われると思ったけど、それはそれでからかう材料になる。

しかし、その予想に反して緑間は黙り込んでしまった。

「あ、マジで考えてくれてる?」

顔を覗きこむと緑間はギロリと睨んできた。本当に悩んだらしい。

「ははっ。冗談だって!んじゃ、お先!」



本日、緑間はと下校デートの約束をしているらしい。

そのため、チャリアカーはおやすみなのだ。

「お」

高尾は呟き、少しだけ歩調を速めた。

ちゃん」

学校の正門前に佇んでいた彼女に声を掛けた。

「あら、高尾くん。緑間くんは?」

がキョロキョロと高尾の背後を見る。

「真ちゃん、まだ部室。オレんが早く上がったから。てか、そうだ。さっきさ、真ちゃんに聞いてみたんだよ」

「へー」

「全く『興味ありませーん』ってあからさますぎ」

溜息混じりに高尾が言う。

「はいはい。何を聞いたんですか?」

が問うと

「オレと、ちゃんが崖から落ちそうになってたらどっちを助けるかって」

と答えた。

からかうようにを見るが、彼女が冷めた視線を向けてきた。

「悩ませてどうするの」

「え、自分が選ばれるとかそんな自信ないの?!」

「緑間くんの性格ならね。本気で両方を助ける方法がないか悩んだでしょうとも」

の言葉に高尾は噴出した。

「すげー!」

ふふんと彼女は得意げに笑う。

「けどね、高尾くん。まず、設問が間違ってるよ」

「は?」

「わたしと高尾くんと緑間くんがいて。一番崖に落ちそうなのは、緑間くんでしょ。運の悪さ的に」

の指摘に「あ」と高尾が呟く。

そうだ、本当にそうだ。

「つまり、高尾くんが体力、わたしが知力を振り絞って、あの大きな緑間くんを助けなきゃならないのよ」

「それ、マジ大変じゃね?」

「そう!体力的な問題で、高尾くんが特に」

真顔でが頷く。

「そうか。あ、けど。真ちゃんいっつも言ってるけど。どんなラッキーアイテムよりもちゃんが傍にいるほうが諸々補正ができるって」

恥ずかしげもなく、寧ろ誇らしげに彼は言っている。聞いているほうが恥ずかしい。

「えー、と...」

どうやら彼女も照れてしまったらしい。ごちそうさまである。

「えっと、その場合は。高尾くんが崖当番だね」

「当番?!」

高尾が頓狂な声を上げた。

「そして、緑間くんが『ここは、迅速かつ冷静に高尾を救助するのだよ』っていうけど、全然冷静じゃないと思うの。結構あたふたしていると思う」

「ぶふっ!」

「だから、わたしが迅速かつ冷静に指示を出して、緑間くんがやっぱり体力担当だと思うのね。大丈夫、高尾くんが緑間くんを引き上げるときよりも、緑間くんが高尾くんを引き上げる方が断然楽..だと思う」

「へー。んじゃ、ちゃんが崖当番になったら?」

高尾が問う。

「んー、そうだな。まず、うっかり落ちても、不自然な感じに崖から生えている木の枝に引っかかるね」

「え、何でそんなに自信ありげに言うの?」

「で。そのまま体勢を立て直して、えっちらおっちらフリークライミングでゴール?」

「オレらいらねーじゃん」

「崖の上から応援してよ。そして、手が届くところまでわたしが上ったら引き上げて」

「ははっりょーかい」

高尾が愉快そうに笑う。





緑間が声をかけてきた。そして、不思議そうに、彼女と一緒にいる高尾を見る。

「随分と先に部室を出たと思ったが?」

「ま、ちょっとちゃんと話が盛り上がっちゃったからさ。んじゃ、お邪魔虫は退散するかー。真ちゃん、また明日ー」

そう言って高尾はその場を去っていく。

「...何の話をしていたのだよ」

少し機嫌悪く緑間が問う。遠くから見ても、凄く楽しげだったのだ。ちょっと妬いてしまった。

は少し考えて、

「崖当番?」

と首を傾げながら言う。

「何なのだよ、それは...」

緑間は溜息を吐き、そして苦笑する。

「では、行くか」

「どこ行くー?」

2人は手を繋ぎ、ゆっくりと歩き出した。









桜風