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 家に向かうタクシーから窓の外をぼーっと見ていた。

ふと、目に留まった人物に焦点が定まる。

「止まって」

運転手に声をかけ、家に着く少し手前で車を止めてもらい、降車した。

「滉くん、涼ちゃん」

声をかけると2人はびくりと肩を震わせた。

「え、と。お、おかえりなさい、パパ」


首だけを巡らせて息子が言う。

その彼を隠すように娘が一歩足を進める。

「パパ、お帰り」

「どうしたの、2人とも」

首を傾げながら近づくと2人は同じ距離だけ後ずさる。

(あ、あれ?)

今回は、ちょっと家を空ける時間が長かった。

そんなに家を空けるお父さんは嫌だというのかもしれない。

(どうしよう...ちゃん)

心の中で妻に助けを求めつつも、モデル時代に培った人懐っこい笑顔を浮かべて一気に距離を詰めようとした。

「わん!」

「...『わん』?」

「だ、ダメだって...!」

小さな声で息子が言う。

「ああ、犬..スか?」

息子が大事そうに抱えているそれを見下ろして言う。

「うちで飼っちゃダメかな?」

伺うように息子が言う。

「んー...」

どうだろう。

「前にね、涼ちゃんがママにわんちゃん飼いたいって言ったら『だーめ』って言われたの」

しゅんとして娘が言う。

「そうなの?」

「うん。ママ、わんちゃん、嫌いなのかな?」

しょぼくれていう娘の頭をなでながら考える。

犬が嫌いなはずがない。

だって、高校時代は年末年始にバスケ部で飼っていたテツヤ2号を預かっていたのだから。

「その子は、えっと...」

「公園にいたの」

見たところ、迷子札もないし首輪もしていない。

「箱の中でひとりでいたよ」

やっぱり捨て犬っぽい。

「よし!わかった。パパがちゃんに一緒にお願いしてあげる」

「ほんと?!」

「ママ、良いって言ってくれるかな?」

「一生懸命お願いしたら、きっと許してくれるよ」

ニコリとほほ笑むと子供たちは目を輝かせた。

「「うん」」

(あー、可愛いなー...)

妻に似ている子供たち。

ちなみに、彼女から言わせてみれば子供たちは黄瀬にそっくりだというのだ。


3人で並んで歩き、玄関の前に立った。

息子が小学校に上がるときに建てた家だ。

家の大きさは、彼女の実家を参考にさせてもらい、立地も彼女の実家の近くにした。

「パパ?」

玄関の前で固まっている父親を見上げて娘が声をかける。

「うん...」

(怒られたらどうしよう...)

今更怖気づく。

「た、ただいまー」

玄関を開けて声を出す。

「ただいまー」「ただいま!」

黄瀬に続いて子供たちも玄関に入る。

「おかえりー。一緒だったんだ..あ?」

息子が抱いている見慣れない物を見ては首を傾げた。

「あのね、ママ」

ちゃん。この子、捨てられててね。だから、ウチで飼えないかなーって」

はじっと黄瀬を見上げる。

居心地が悪くて少し身じろぎしたが、視界に子供たちの姿が入り、腹に力を込めて、とりあえず、その視線に耐える。

「とりあえず」

「「「はい!」」」

黄瀬と子供たちが背筋を伸ばす。

「泥だらけちゃんたちは、お風呂」

「「はい!」」

子供たちが返事をした。

「あ、じゃあ」と黄瀬が息子が抱いている子犬を受け取ろうとした。

「『泥だらけちゃんたち』って言ったでしょ?」

「へ?」

「その子も、一緒にお風呂にゴー!」

そう言って風呂を指す。

「え?」

「きれいになってからのお話」

そう言って息子の抱いている犬を受け取る。

「涼太くん、お疲れ様。お風呂、いっぱいになるからちょっと待っててね」

そう言って子供たちが先に入って行った風呂に彼女も向っていく。

「あ、あれ?」

これは、彼女を取られてしまうフラグが立った気がする。

取り敢えず荷物を持って玄関を上がり、リビングに荷物を置いて寝室に向かう。


部屋着に着替えてリビングでくつろいでいると

「涼太くーん」

と名前を呼ばれて、

「はいはい」

と言いながらバスルームに向かった。

シャツがびしょ濡れになっている彼女がずぶ濡れの子犬を差し出してきた。

ちゃん、スケスケ」

「いいから、あとよろしく!」

そう言ってドアを閉めた。

「かわいいなー」

少し赤くなって返した妻に、にへらっとしていると子犬がブルルッと震えて水けをきる。

「わ、っぷ。もー!何スかー!!」

取り敢えず、リビングに子犬を連れて行き、犬を拭いてやる。

「これは、オッケーみたいっスね。良かったねー」


風呂を出てさっぱりしたところで、黄瀬と子供たちと子犬、そして、という形で向かい合わせで正座で座る。

(あれ?やっぱ、オレってこっち側?)

プレッシャーがあるから嫌だったのだが、子供たちに自分も一緒にお願いするといった以上、こちら側だろう。

「それで?」

「この子、うちで飼わせてください」

息子が言う。

「ママ、お願い」

娘も嘆願した。

お願いされたを見ていると、彼女はため息を吐く。

ちゃん?」

「滉くん、涼ちゃん」

「「はい」」

「その子は生き物です」

「はい」

「動物の寿命は人よりも短いんです」

「はい」

「つまり、滉くんが中学生になる前に死んじゃうかもしれない。年を取ったら、今みたいにかわいくなくなるかもしれない」

「...うん」

「どう?」

「で、でも。このまま...」

黄瀬が声をかけると視線で制された。

「僕、ちゃんと面倒見るよ。最後まで、ちゃんと、面倒見るよ」

「涼ちゃんも!」

娘も手を挙げる。

「ご飯も食べるよ?」

「僕が準備する」

「お散歩しないとストレスで病気になっちゃう」

「ちゃんと毎日する!」

「雨の日も?雪の日も??滉くんが面倒くさいって思っても、この子はそんなの関係なくお散歩しなきゃいけないんだよ?」

「するよ!」

「涼ちゃんも!!」

黄瀬は、コクリと固唾をのんで見守る。

彼女の言いたいことはわかった。

「わかりました。じゃあ、とりあえず、お庭でね」

「いいの?!」

「いいよ。でも、その前にまずやらなくてはならないことがあります」

「犬小屋は、オレが作るっすよ。明日からちょっと休みだし」

「ほんと!?パパすごーい」

子供たちが尊敬のまなざしで見上げる。

「任せて」

ニコリとほほ笑んだ。

「それよりも前にしなきゃいけないことは?」

「おうちよりも先?」

息子が首を傾げる。

同じように娘も首を傾げた。

「あ、」

黄瀬が呟く。

「パパ、わかったの?」

「予防接種。犬を飼うなら、予防接種がいるって聞いたことがあるから」

そう言ってを見たが彼女は苦笑して首を振る。

「え、じゃあ...ほかに何か届け出が必要なんスか?」

「もう、わかってないなlぁ。この子、なんて呼べばいいの?」

「「「あ、」」」

3人の声が重なった。

「お名前!」

「何にしよう!」

「一番大事よ?」

3人が額を突き合わせて新しい家族の名前を考え始めた。

その様子に目を細めた彼女はまだ名前のない子犬を抱き上げる。


「増えちゃったねぇ」

苦笑してそういうと子犬は首を傾げて「くうん?」と鳴く。

「素敵な名前、付けてあげてね」

そう言って抱いていた子犬を降ろして立ち上がり、サイドボードの上の電話に手を伸ばす。

テツヤ2号がお世話になった病院はまだ閉めていないだろうか。

確認して、予防接種の予約をしておきたい。

背後では、真剣に名前を相談している声が聞こえた。









桜風
13.4.13


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