母の日





 「いってらっしゃーい」

と玄関先で手を振られては「いってきます」と手を振りかえす。

バタンとドアが閉じて3人は顔を見合わせた。

「じゃ、始めよう」

黄瀬がいい「はーい」と子供たちは手を上げて返事をした。


本日は母の日で、黄瀬も丁度休みだった。

そのため、母の日の贈り物として、に休みをプレゼントしようと子供たちと話し合って決めた。

ちなみに、は母親と買い物に出ることにした。

夕方に母親と一緒に帰ってきて、黄瀬たちが作ったカレーを食べて帰るという計画だ。

例によって、の父親はまたしても海外赴任となっているため、の母親はほとんど毎日この家に足を運んで食事をしているのだ。


「パパ、涼ちゃんはなにしたらいいの?」

「滉君と一緒にリビングの飾りつけをお願いしてもいいかな?」

娘の視線に合わせて黄瀬が言う。

「うん!」

「わかった」

2人は張り切ってリビングのテーブルに向かう。

この日のために折り紙をたくさん購入していたのだ。

「さて、オレは...」

腕まくりをしていつもはが身に着けているエプロンを借りた。

「ははっ」

裾の短さに思わず笑みがこぼれる。

「パパ?」

「うん、何でもないよ」

そう言って黄瀬は計量スプーンを探した。

探したが、見つからない。

「あ...」

以前彼女が言っていたのを思い出す。見ただけで計量できるから道具を使わない。ゆえに、作業が早い。

「うわぁ...」

「どうしたの?ボクも手伝おうか?」

息子がそばにやってきて言う。


「うん。お買いもの、しなきゃ」

少しだけ情けない表情で黄瀬が言う。

「涼ちゃんも行く!」

「うん、みんなで行こうね」

そう言って着たばかりのエプロンを脱いで財布を持つ。

(奥さんがすごいのも問題なんスねぇ...)

おそらく、料理をする妻がいる家で、こんなことはまずないと思う。先ほど確認すると計量系が何一つない。

これまで時間がとれる母の日は、の実家で彼女の父親を手伝っていたので、こんなことは気づかなかった。

今回作るのはカレーとサラダ。

そして、計量スプーンがいるのは、サラダのドレッシングを作るために必要なのだ。

「適当で大丈夫」と前に聞いたが、彼女の場合本当に適当なのかわからないし、できれば美味しいものを食べてもらいたいから計量スプーンは必須だ。


近所のスーパーで買い物を済ませて帰宅する。

子供たちがおやつをねだるかと思ったが、そう言うことはなかった。

息子と同じくらいの子供が駄々をこねて床に寝転がってじたばたしている姿も目に入ったが、それを見て息子は不思議そうに首を傾げてた。

「えっと、おやつとかよかった?」

墓穴だと思いつつも、我慢しているのだろうかと思って黄瀬が問うと

「昨日ママに買ってもらったから」

「きょうのぶんは、さっきたべたよ」

と2人が言う。

そして「ママが作ってくれた物の方がおいしいし」と2人は口々に言う。

黄瀬はじーんと感動した。

(なんていい子たちなんスか!!)

自分が子供頃は親が甘くて与えられ放題だった。

だから、少し大きくなって我慢を覚えるのが大変だった気もする。

「さ、続きをしようね」

家についてそういうと2人はまず手を洗いに洗面所に向かい、黄瀬も慌ててその後を追った。

(何か、できた子すぎじゃないっスか?)

子供たちと同じ年だった自分の過去を思い浮かべるとあまりに子供っぽくて恥ずかしくなる。

(ということは、ちゃんはこのくらいの年にもうあんなしっかりしてたってこと...?)

躾けている親としても、躾けられる子供も無理を感じないということは、そういうものだと思ってお互いやっているのだろう。


カレーは鍋を2つに分けて作った。

子供たちはまだ甘口でなければ食べられない。

そして、大人である自分たちは甘口はちょっと口に合わない。だから、いつもはカレーを作るときは、鍋を分けている。

今回、黄瀬はそれに倣った。

作り方は箱に書いてある通り作ってみたのだが、どうにもいつも食べるカレーと味が違う。

子供たちにも味見してもらっても「なんかちがう」と首を傾げるだけだった。

「何が違うんだろう...」

黄瀬がつぶやくと

「涼ちゃん知ってるよ」

と娘が胸を張って言う。

「え、何が足りないの?」

「あのね、えっと。あれ」

そう言って冷蔵庫を示す。

黄瀬は娘を抱えて冷蔵庫を開けた。

「ママ、これ入れてる」

そう言って指差したのはすき焼きのたれ。

「これ?」

「うん、涼ちゃんいつも見てるよ」

自信満々にいう娘の言葉を信じて黄瀬はそれを入れてみた。

恐る恐る味見をする。

「あれ」

少し近くなった気がする。

「涼ちゃんすごいね」

黄瀬が言うと娘は照れたように笑った。

妻に似ていてとても可愛かった。



「あ、」

そう呟いては足を止めた。

「どうしたの?」

「うち、計量スプーンなかったなって思って」

「...カレーじゃなかったっけ?」

昨日黄瀬から連絡があってそう聞いた。

「うん、サラダのドレッシングも作るって張り切ってたから」

が苦笑する。

「計量スプーンいるの?」

「普段料理してる人だったら適当で味を調節できるけど、涼太くんは...」

「はぁ、そんなもんなのねぇ」

感心しながらの母親はそう言い、「ね、あれ着てみてよ」興味を別のものに移した。



「ただいまー」

が帰ると「おかえりー」と子供たちが駆けてくる。

「今日はありがとうね」

そう言いながら家に上がり、彼女の母親もそれに続く。

「おかえり」

「ただいま。今日はありがとう」

が言うと「ううん」と黄瀬は首を横に振り、「いらっしゃいっス」との母親に声をかける。

「悪いわねぇ。お礼に、ケーキ買ってきたからご飯の後にみんなで食べましょうね」

と言いながら手に持っているケーキの入っている箱を軽く掲げた。

「わーい」と子供たちが喜ぶ。

「あ、昼間に」

そう言って黄瀬が風呂場からバケツごとそれを持ってきた。

「どうしてたらよかったかわからなくて」

そう言いながらそれを見せる。

大きな赤い花束だった。

「お父さん?」

苦笑して黄瀬が頷く。

「お義母さん宛てで」

「ははのひはカーネーションなのに。ママのパパ、知らないのかな?」

娘が言う。

「そうねー、知らないんじゃないのー」

「お母さん。またそういうことを...」

が苦い表情でそう言った。

「ははっ。ちょっとごめん席外すねー」

そう言ってリビングを出て行った。

「これ、どうしようか」

「見た目アレだけど、まあ、リビングに置いておこう」

黄瀬の問いにが言う。

「そうっスね。お義父さんも来たかっただろうし」

おそらく、夫と電話をしてきたであろうの母親がリビングに戻ってバラの花束がそこに置いてあることに苦笑した。

「凄い、涼太くん」

カレーと一口食べてが言う。

「え、何が?」

「隠し味、一つ合ってる」

目を丸くして言うに黄瀬も目を丸くする。

「カレーでわかるんスか?」

「うん」

「涼ちゃんがおしえてあげたんだよ」

主張する娘に「すごいねー」とが返す。

彼女はやはり照れた顔をした。


みんなでケーキを食べ終わったころには子供たちもうとうとし始める。

そうなることを予想して風呂にはもう入れた。

「じゃあ、オレ。お義母さんを送っていくから」

車のキーを手にしながら黄瀬がに声をかける。

「悪いわねー」との母親が言い、「大丈夫っスよ」と黄瀬が返す。

「うん、お願い」

「じゃ、さん。またねー」

そう言っての母親が手を振り、も振り返した。


しばらくしてインターホンが鳴る。

「はい」と出ると「お届け物でーす」と言われた。

黄瀬に。

「どうしたの?」

そう言って出ると「はい、いつもありがとう」と黄瀬が花束を向けてくる。

「わ、どうしたの?」

「オレだって、ちゃんと用意しているんスよ」

黄瀬が用意したのはカーネーションの花束。

「うん、ありがとう」

「どうしたしまして」

そう言いながら黄瀬は彼女の頬にキスをした。









桜風
13.5.12


ブラウザバックでお戻りください