| 仕事帰りの公園の前で緑間は足を止めた。 と息子の誠太郎が遊んでいるのだ。 いや、遊んでいるのではない。何か、真剣に練習をしているようだ。 緑間はそちらに足を向けた。 「何をしているのだよ」 声をかけられて真剣な眼差しをしていた息子は途端に目を輝かせて緑間に向かってくる。 「お父さん、おかえりなさい」 「ただいまなのだよ」 「え、もうそんな時間?!」 は慌てて傍に置いていたスーパーの買い物が入っている袋に手を伸ばした。 「持つのだよ」といってそれを先に持ち、緑間と、誠太郎は自宅に向かう。 「何をしていたのだ?」 「とっくんです!」 胸を張って息子が言う。 「特訓?何の特訓なのだよ」 首を傾げて緑間が言う。息子の顔が遠い... 「はしるとっくんです。ね、お母さん」 「んー?そうだねー」 「走る特訓?」 走るのに特訓が必要なのだろうか... 家に帰り、がキッチンへ、緑間と誠太郎は風呂に入る準備を始める。湯船に湯が張れるのをリビングのソファに座って待っていると、 「お父さんは、はしるのはやいですか?」 と誠太郎が問う。 「遅くはなかったが...」 最近は全然走っていない。職場内で駆けることはまずないのだ。 職場のレクリエーションでサッカーや野球に誘われることはあるが、それらは大抵断っている。 休みの日くらいはゆっくりしたい。 「ほんとうですか!?」 息子が尊敬のまなざしを自分に向けている。 「誠太郎は、どうして走る特訓をしているのだよ」 急に特訓を始めた息子にその理由を問うてみると彼は保育園に通う際に使っているバッグをごそごそと漁り、「これです!」とお知らせを持ってきた。 受け取り、広げてみると“運動会のお知らせ”と書いてある。 日時を見てみると来週の土曜日だ。 「」 「はい?」 「これを知っていたのか?」 そう言って誠太郎から受け取ったお知らせを掲げた。 「運動会の事?年間行事表に一応書いてあったし。お知らせは今日貰ったんだよねー」 後半は息子に向かって言う。 「はい!」 「なるほど。それで、今から特訓というわけなのだな」 「はい」 「...誠太郎は、足が遅いのか?」 「はやくはないです」 しょんぼりという。 何ということだろう。 は球技全般だめだが足は速い。そして、自分も運動神経は良い方だ。 「まあ、わたしが球技全般苦手だからね」 が緑間の考えていたことを察したように言う。 「お父さんは得意だし、お母さんも苦手ではなかったって」 「そうか...よし、誠太郎。今度の休みは俺と特訓をするのだよ」 「ほんとうですか!?」 「ああ、本当だ。共に特訓し、人事を尽くすのだよ」 「はい!」 「じゃあ、お弁当作って、みんなでお出かけしようか」 「はい!!」 思わぬ形で両親と出かける約束ができて誠太郎は喜んだ。 その息子の表情に緑間もやわらかい表情を浮かべていたが、 「高尾くんにも声をかけてみる?」 というの言葉には「要らないのだよ」と殊更冷たい声音になったのは、仕方のないことではあろう。 |
桜風
13.10.14