約10年後のキセキの世代





 「ただいまー」と帰ってきた息子が駆けてきた。

書斎で静かに読書の時間を楽しんでいた赤司は顔を上げる。

「ただいま、パパ」

ノックをしてドアを開けた息子が声をかけてきた。

「おかえり」

そう言って赤司は栞を挟んで本を置く。

書斎を出てリビングに向かうとが冷蔵庫を開けているところだった。

「おかえり」

「ただいま」


「そろそろ湯豆腐の季節だと思うけど」

と買い物前に言われては苦笑した。

夏も湯豆腐を何度か所望されたのだが、一応季節も気にしているらしい。

「今日は湯豆腐です」

「それは楽しみだ」

深くうなずいて赤司が言う。

彼がリビングのソファに腰を下ろしたのを見てはお茶の準備に入った。

「ねえ、パパ」

「何だい?」

新聞に手を伸ばしていると息子がそばで直立不動になった。

彼はお願い事があるとこうしてかしこまる。

新聞に伸ばした手を引っ込めて赤司は息子に視線を向けた。

「パパってすごいひとなんだよってママからきいたよ」

目を輝かせていう息子の言葉に躊躇いながらも、「それで?」と話の続きを促してみた。

「これ、みんなででたいです」

そう言って不器用に四つ折りにされた紙を差し出してきた。

受け取った赤司はそれを開く。

「運動会?」

「町内のね。さっき、スーパーに行ったら置いてあったのよ」

「町内会対抗なのかい?」

「ううん。うちの近所、そんなに町内会行事盛んじゃないでしょ?ちょっと離れたところみたいなんだけど、ほら、当日飛び入り参加OKって書いてあるの」

そう言ってが赤司の手にしている紙の一か所を指差した。

「ああ、本当だね」

「あのね、パパってなんでもできたんだよってママがいってたの」

覗うように息子が言う。

「できた、ではないけどね」

「まあ!負けず嫌い」

揶揄するようにが言う。赤司のその言いぶりでは今でも何でもできると言っているようなものだ。過去の事ではないと言いたいのだろう。

その言葉に赤司はちらと抗議するようにを見て息子に視線を戻す。

「圭一も出たいのかい?」

赤司が問うと

「ぼくはパパのかっこいいところがみたいです」

まっすぐに期待のまなざしを向けられてしまった。

思わず赤司は怯んでお茶を持ってきたを見上げる。

「わたしもカッコいい征十郎さん見たいです」

彼女もそんなことを言う。

「いつも見てるじゃないか」とだけだったらいくらでも若干本気の入った冗談で返せるが、息子にはまだそんな冗談は言えない。

じー、と向けられている息子からの期待の眼差しは逸らされることはなく、赤司はため息を吐いた。

「いいよ。近々対局もないしね」

頷いた赤司の反応に息子は甚く喜び、家の中をぴょんぴょん跳ねてこけたがそれでも笑っていた。

君、圭一は大丈夫だろうか」

「よくご覧なさいな。あれが子供の素直な反応ですよ」

自分は幼少のころから落ち着いていた記憶があったため、息子のあの行動に赤司は心配になってに聞けば、彼女はしたり顔で頷く。

「そうか...」

赤司は呆然と呟く。

「そうだ。玲央さんとかに声をかけてみる?飛び入り参加OKって書いてあるし、人数制限あんまりなさそうだし」

「構わないよ」

赤司が頷く。

実渕は子供の面倒を見るのが得意で、息子も懐いている。彼がいると子守をするの負担も軽減されるだろうと思ったのだ。



運動会当日、話を聞きつけた葉山も加わり、さらにどうしてか、かつてキセキの世代と呼ばれた友人たちも揃った。

もちろん、チーム分けの段階でバラバラになったが、おかげで運動会が盛り上がったとのこと。

ついでに、息子が期待していた以上にパパは大活躍したため、めでたく「ぼく、しょうらいはパパみたいになる!」と息子の目標の人となった。

(いやいや、やめたほうがいいよ)

というのが全員の心の声ではあったが、誰も口に出せないでいた中、

「いやいや、やめたほうがいいよ」

と口にしたのはだった。

「なんで?」

「征十郎さんは征十郎さんで、圭一は圭一だからね」

と諭す。

は、声に出せなかった彼らの代弁をしたわけではなさそうだ。

「むずかしいよ...」

の言葉を理解できずに拗ねたように息子が呟く。

「僕をまねても仕方ないってことだよ」

そう言って赤司が頭を撫でると「わかった!」と息子が頷く。


期待以上のパパの大活躍に興奮していた息子も帰るころには歩きながら船を漕ぎはじめていた。

運動会の会場は家から比較的近く、駐車場の確保が難しいと書いてあったので徒歩だったのだ。

「赤司君、圭一君は僕がおんぶしましょうか?眠そうですよ」

運動会に飛び入り参加したたちの友人も赤司家で食事をするということで一緒に歩いており、子供の面倒を見るのは慣れている黒子が声をかけてきた。

「いや、僕がするよ」

そう言って膝をついて「圭一」と声をかける。

息子は赤司の背にしがみついた。

ちゃん!征ちゃん、負んぶまでできるようになったのね!」

「ええ。わたしも感動しているところです。いつの間にあんな仲良しになったんだろ...」

「2人とも、聞こえてるよ」

静かに、冷やかに赤司が言う。

実渕は肩を竦め、「聞こえるように言ってまーす」とが言う。

振り返ってちらとを見た赤司の瞳は思ったよりも柔らかくて、は目を細めた。









桜風
13.10.26


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