| 「ご飯を食べにおいで」 と声を掛けられたのは1週間前。 その言葉に甘えることにして、昼食を食べるために、の実家に向かった。 の実家と紫原家は歩いて行き来できる距離だ。 簡単に行くことができるその距離は紫原の指定だった。 車の免許を持っているとはいえ、基本的に車内は窮屈で好きではないらしい。自家用車で大きなものと言ってもたかが知れている。 よって、彼は徒歩か公共交通機関を好む。 公共交通機関も基本的に好奇心の視線を向けられるだけなので好みではないが、空間的な問題でそちらの方がマシなのだと昔言っていた。 よって、しばしば足を向けるであろうの実家はそこそこの距離でいいというのだ。 近すぎると、の父親があーだこーだとうるさそうなのでこれまた面倒くさい。 というわけで、ちょうどいい距離に新居を構えて数年経つ。 そして、比較的頻繁に彼女の実家に足を向ける日々を送っている。 大抵、食事に誘われるが、これはの父親と紫原の利害が一致している。 娘と一緒にご飯を作りたい父親と、美味しいご飯を作ってくれて、息子の面倒も見てくれる場所。 そして、も彼女の母親もそれはお見通しであるが、平和なので指摘する気はない。 というわけで、の実家に向かっているのだが、どうにも雲行きが怪しい。 家を出るときは雲なんてほとんど見当たらないのに、もくもくと広がって、今にも雨が降りそうな空気になっている。 「急いだ方がいいかもね」 が言う。 手を繋いでいる息子が「うん」と頷いた。 ポツリと鼻の頭に落ちてきた一滴が、唯一の前触れだった。 その後、間を置かずにザアと大雨になる。 さらに追い打ちをかけるかのように雷鳴。 「ママー!」 息子はぎゃあと泣きながらにしがみついた。 「わわっ」 突然力強くしがみつかれて足をもつれさせてこけそうになる。 「ちん」 そう言って手を差し伸べた紫原の腕にしがみつき、彼女は危険を回避した。 息子の歩は雷が苦手だ。 「あっちゃんは、オレんとこ」 そう言って膝を折って両腕を差出し、息子を促すが、彼はの脚にしがみついて首を横にぶんぶんと振る。 自分が、息子にとってヒーローであることを自他ともに認めていると思っていた紫原は、彼の反応に愕然とした。 紫原の表情を見てが慌てて息子が拒否した理由を話した。 雷というのは高いところを目指して落ちるというのをテレビで言っていたのだ。 それを見て歩は、父親である紫原に雷が落ちてしまうと思っているようだ。 何せ、彼にとっての紫原は、とても高い人なのだから。 の話を聞いて紫原はむっとした表情を見せた。 「あっちゃんは、オレが雷なんかに負けるって思ってるって事?」 そう言うのだ。 「え...」 が絶句する。 「雷なんて、捻りつぶすし」 その言葉に歩の目はパッと輝いた。 「ホント?!」 「よゆーだし」 「やっぱりパパってすごいんだ!」 そう言って息子はから離れて紫原に向かって行く。 それを抱っこして立ち上がった紫原は、ふと思いなおして一旦息子を降ろして羽織っていたシャツを脱いだ。 それをの頭に被せて息子を抱き上げ、彼女の手を引いて走り始める。 すでにずぶ濡れで急いでも仕方なさそうではあるが、この雨の中歩くのも確かに億劫で、取り敢えず、息子もずぶ濡れだから早く実家に着いて風呂を借りて入れてやりたい。 そう思い、彼女も走る。 そして、実家に着いた時に雨はぴたりとやんだ。 「あ、」 は思わずつぶやく。 「ムカつく...」 息子を降ろしながら紫原は呟いた。 息子がぴょんと飛び跳ねてインターホンを押すと中から待ちきれないといった様子のの父親が出てきて、ずぶ濡れの娘一家に呆れた表情を見せた。 「まったく。風呂に入りなさい」 「じゃあ、ちん、一緒に入ろう」 「おいこら、ふざけんな。娘を男と一緒の風呂に入れられるか!」 「ちんはオレんだし」 「バカを言うな。敦とさんが離婚すればただの他人だけど、さんは永久に僕の娘だ」 ふんぞり返っての父親が言う。 「縁起でもない」 中からの母親が出てきてため息を吐いた。 「というか、そうよね。あたしと旦那が離婚したらどーでもいい唯の他人よね」 「え?!」 の父親が声を上げる。 「さて。あたしと旦那でギリなんだからウチの風呂じゃさすがに3人賄えないだろうし...」 そう言っての母親は玄関先の4人を見渡し、 「取り敢えず着替えて、温泉行きましょうか。スーパー銭湯」 「ご飯は?」 「お昼はそっちで食べて、夕飯食べて帰りなさい」 紫原の問いに彼女はそう返す。 「わかった」 それならいい、と紫原は頷いた。 「さ、髪は乾かして。あっちゃん、おいで」 の母親に言われて歩は駆けて彼女の元へと向かう。 「ねえ、そのスーパー銭湯ってちんと入れるの?」 そう言いながら家に上がる紫原に「ふざけんな!」との父親が言う。 肩を竦めたは苦笑して「喧嘩しないの」と言いながら家に入っていった。 |
桜風
13.11.16
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