| 「黄瀬ぇー!これはどこに置くんだよ」 「あ。それはこっちっス!」 「つか、何だこの部屋。でけーぞ」 そこそこ広いマンションの一室で大型の男5人が力仕事をしていた。 力仕事と言っても、黄瀬の引越しの手伝いだ。 高校を卒業して東京に戻ってきての一人暮らしだ。 12月に引退をした際、黄瀬の進路先の希望を聞いた彼らは驚き、そして、合格の連絡を受けて呆れた。 バカだけど、集中力は凄いのだ。 そこに嵌ればもしかしたら、という気持ちもあったので、さほど驚きはなかったとか。 そして、黄瀬が引越しをすると聞いて一肌脱いでくれることになったのだ。 後輩が申し出てくれたが、それ以前に先輩方が申し出てくれたので、黄瀬はそちらに甘える気満々だったので後輩の方は断った。 黄瀬が1年の時のレギュラーの先輩たちが黄瀬の引越し先までやってきて、マンションを見上げた時にはなんというか、手伝うのが嫌になるというか、腹立たしくなった。 確かに、モデルのバイトもしているし、それなりの部屋になると思ったが、ここまでとは... 「事務所が半分持ってくれてるんスよー」 苦笑いをしながら黄瀬は言い、部屋に案内した。 がらんと何もない。 いや、あった。 「コンロはもう入れてんのか。あ、マンションの据え置きか?」 「あ、もう導入したんス。これ、必需品なんで」 黄瀬の言葉に「ふーん」と先輩たちは適当な相槌を打った。 そして、業者に家具が運ばれてきて広いと思った部屋も案外そうでもなくて、所狭しという印象になる。 「そろそろ昼にしねーか?」 笠松が言う。 時計を見れば正午を回っていた。 「いいな」と同意する小堀が頭に巻いていたタオルをほどく。 「あ、もうちょっと待っててください」 「ん?」 腹ペコなんだけど、と思いながら笠松は黄瀬に視線を向ける。 「そろそろ来てくれる頃っスから」 黄瀬の言葉に皆が首を傾げる。 デリバリーするなら声をかけるだろう。しかも、「来てくれる頃」って何だ? 皆が頭に『?』を浮かべているとインターホンが鳴る。 黄瀬がそそくさとそれに応じ始める。 「ん?」 「あれ??」 インターホン越しに聞こえてきた声に何となく聞き覚えがある。 暫くしてドアの前のインターホンもなった。 「いらっしゃいっスー」 黄瀬が玄関に向かって行き、ドアを開けた。 玄関に向かって行く黄瀬の背は、ご主人が帰ってきたのを喜ぶ犬のそれに似ていた。 (犬みてぇ) というのが、その場全員の心に浮かんだ感想で、 「げ!」 と笠松は声を上げた。 これも、皆の心に浮かんだ声ではあるが、笠松以外は何とかそれをのんだ。 「どうもー。中の中です」 黄瀬が迎え入れた彼女は、以前うっかりナンパをかましてしまった誠凛高校バスケ部のマネージャーだ。 正しくは、元マネージャーではあるが、ここではさしたる問題ではない。 問題なのは、彼女が此処に来ているということだ。 「もー。ちゃん。あんまセンパイ達をいじめないでほしいっスー」 口をとがらせて黄瀬が訴える。 「ははっ。はいはい、失礼しました」 黄瀬の言葉に軽く笑った彼女は固まっている黄瀬の先輩たちに向かって深く頭を下げる。 「お、おい。黄瀬?」 森山が恐る恐る声をかける。 「あ、オレのカノジョっス!」 満面の笑みで黄瀬が言う。 「「「「えーーーーーーーーーー!!!!」」」」 部屋の中に驚きの声が広がる。 「え、早川センパイも気づいてなかったんスか?」 「や、え...?!」 「ま、そんな些細なことはともかく」 がそう言って取り敢えず、広くスペースが取れそうな場所に持ってきたバッグを置いた。 「些細って何スかー」 情けない声を出しつつ、それを手伝う黄瀬の様子を眺めながらなんとなく、この2人の関係性を察した先輩たちは肩を竦めた。 バッグから出てきたのは重箱3つ分だ。 「重かったスよね。ありがとう」 「大丈夫よ。これくらい持てなくてどうやって誠凛高校バスケ部マネージャーするのよ。1人で」 「1年に手伝ってもらう、とか」 覗うように黄瀬が言うと、 「もちろん、手伝ってもらってたけどね」 とが頷く。 「キッチン借りるね」 そう言っては立ち上がり、ケトルをコンロに掛けた。 「召し上がってください」 とが声をかけ、黄瀬が大きさが不揃いな食器を先輩たちに配っていく。 「じ、じゃあ...」 笠松がそう言って皆が「いただきます」と手を合わせた。 黄瀬はの手伝いをするためにキッチンに向かった。 静かになったと思って先輩たちの方を見ると、黙々と重箱を空にしていっている。 「ちょ!オレのも残しててくださいっスよ!!」 黄瀬の声が届いているのかいないのか。 誰もその言葉に反応せずにあっという間に1つ目の重箱が空になった。 そして、皆の視線は2つ目に移る。 「え。ちょっと!!」 「大人になってもよく食べるもんだねぇ」 がのんびり呟き、隣でそわそわしている黄瀬を見上げた。 「こっち大丈夫だから、黄瀬くんも食べたら?」 「え、んじゃ。ごめんね」 そう言って黄瀬はその場を離れて戦場に向かった。 間もなく、が全員分のお茶を淹れて食事の場に戻ってくる。 「ちゃん、食べないの?」 「わたし、無謀な競争に首を突っ込む気はないの」 皆にお茶を配りながらが答える。 「よそおうか?」 「いいよ。見てるだけで、お腹いっぱい。黄瀬くん、わたしを気にしてたら食いっぱくれるよ」 にそう促され、 重箱に視線を向けると、3つ目に突入していた。 「ちょっと!その出汁巻、オレのぶんーーーー!」 箸が届かず、黄瀬が主張するがそれはあっという間になくなった。 「黄瀬くんは、後でまた作ってあげるから。先輩たち優先しちゃいなよ。お手伝いに来てくれてるんだし」 「オレの出汁巻...」 恨めしそうに呟く黄瀬を誰も取り合ってくれず、黄瀬は手の届くものだけを食すことにした。 食事を終えて皆は手を合わせて「ごちそう様」という。 「悪いな、全部食っちまった」 笠松が言う。 「大丈夫ですよ。また作れますから」 そう言ってが重箱を片付け始めると 「中の中どころか、中の上だ!」 と森山が突然言い始めた。 「あら、ランクアップですか?」 からかうようにがいい、皆が青くなってそれ以上何も言えないように森山の口をふさいだ。 「オレにとっては特上っス!」 黄瀬がフォローのつもりで言ったらしいが 「お寿司みたいだから、やめてくれる?」 とが冷たく言う。 しょんぼりした黄瀬に彼女は苦笑し「はいはい、ありがと」と言った。 「さて、わたしは帰るから」 黄瀬にそう言いながら重箱を仕舞い始める。 「え!?」 そう声を上げる黄瀬は少し不満げだが、はそれを汲むことなくさっさと帰り支度を始めた。 「わたしがいても役に立たないし」 「大丈夫っスよ。いてくれるだけで!!」 「こんな大きな置物、邪魔でしょ」 「ちゃん小さいから全然邪魔にならないっス!」 「普通サイズです!」 軽くにらまれて黄瀬は小さくなる。 「じゃあ、失礼しました」 黄瀬の引越しの手伝いに来ていた元海常高校バスケ部の面々にだけ挨拶をしては部屋を出ていく。 「ちゃーん」 情けない声を出す後輩を久々に蹴っ飛ばした笠松は 「いいからとっとと片づけるぞ。終わった後にしろ!!」 と言って片づけを再開する。 「はーい」 しょぼくれながら返事をした黄瀬も片づけを始めた。 相変わらずの笠松と黄瀬の様子に小堀たちは苦笑して、少しでも早く片づけを済ませられるよう、作業を始めた。 |
桜風
13.03.15
ブラウザバックでお戻りください