| しとしとと雨が降る中、「」と声をかけられて振り返った。 「偵察?」 声をかけてきたのは、桃井で。今の時期なら、それもあるかもしれない。いや、もう遅いか... 「買い物。ほら、この間に教えてもらったお店。今日は3割引き」 「他のマネージャーは?人数いた方が楽でしょ、センパイ」 からかうように言うと 「他の子たちもそれなりに忙しいの」 と返される。 「そっか」 「は?」 「別のお店で買い物」 「だってほかのマネージャー連れていないじゃない」 「ウチは人数の問題」 そう返されて「そか」と桃井が頷く。 「でも、そっちは大会二連覇してるんだからさ、もっとマネージャーいてもいいんじゃないの?」 「わたしもそう思うんだけどね。残念ながら」 そう言っては肩を竦めた。 何となく、2人は並んで歩く。少しの間、同じ方向に歩くのだ。 「そういえば、今月きーちゃんの誕生日だね」 「ん?うん、そうだね」 が頷く。 「プレゼントは用意してるの?」 問われて苦笑した。 「一応ね」 「そっかー。あ、でも。今年って...」 桃井が意味深に言葉をのむ。 「何?」 「きーちゃん、18歳じゃん」 「桃井だって、この間18になったじゃない」 呆れたようにが言う。同学年だから当然だ。 「そうじゃなくて。きーちゃん、中学の頃、相当言ってたじゃない?」 「何を?」 「いつも「あと4年待っててほしいっス」って」 それを言われては思い出した。 「え、いや。でも、ほら。子供のころの話で」 「中二は子供とは言い難いよねー」 にやにやとからかうように桃井が言う。 すっかり忘れていたは途端にそわそわし始めた。 「今度教えてね!」 丁度桃井が乗るバスがやってきた。 「え、ちょっと!!」 が声をかけたが、彼女はバスに乗り込み、窓からひらひらと手を振る。 バスは発車し、はそれを呆然と見送った。 「さつきって、ホント人の恋愛を...」 自分の事になったら真っ赤になって逃げだすにきまっているのに... 風呂から上がり、放課後の桃井との会話を思い出しながらはぶつぶつと文句を口にする。 というか、人の恋愛で遊ぶなと大きな声で抗議をしたいが、したらしたで楽しむのだろうと思う。 髪をタオルでガシガシと拭いてふと思い出して手が止まる。 「髪は優しく扱ってあげないとダメっスよ」 以前黄瀬にそう言われたのだ。 「もう...」 少しむくれたは、仕方ないので、ドライヤーを掛けに洗面台のある脱衣所に向かった。 髪を乾かしていると母親が仕事から戻り、夕飯の支度をする。 食卓に着いて彼女の食事に付き合う。 「そういえば、今月は涼太くんの誕生日でしょ?」 不意に母親にその話を振られては驚いた。 「なんで知ってるの?」 「涼太くんが前に言ってたから。6月の半ばだったと思うけど。約束してるの?」 「ううん、平日だし。インハイ予選中だし」 「でも、去年は確か出かけなかった?」 「出かけたけど...」 確かに出かけた。アレは、黄瀬がぜひともと言っていたが、今年はどうだろう。 黄瀬にとって、最後のインターハイで。絶対に落とせないだろうし、キャプテンになった彼としてもその重責というのがあるのではないだろうか。 一旦落ち着いてからでもいいのではないかとは思うが、一般的に誕生日はその日に祝うもののようである。 (無理する必要はないと思うんだけどなぁ...) しかし、この場合、黄瀬が望むことなので、それはそれで仕方ないのかなと思う。 母親の食事が終わり、それを片付けて自室に戻ると携帯のランプが点滅していた。 着信があったのかと思い、確認すると黄瀬で。 何というか、今、こちらが勝手に気まずい状態なのだが、電話をしなければ彼は彼で何やら思い悩むかもしれない。 「よっし」と気合を入れて折り返しの電話をしたものの、応答がない。 仕方なくその日は電話を諦めては眠ることにした。 翌日の昼休憩に電話がかかってきて通話ボタンを押す。 「昨日はごめんね」 と謝罪を口にすると、 「大丈夫っスよ」 と黄瀬が返す。 「ねえ、ちゃん。今年もオレの誕生日が来るんスけど」 「そうだね」 は頷く。 この時期の連絡だからそれが話題に上るだろうとも思っていた。 「それで、また平日なんスけど、大丈夫?会えるっスか??」 少し遠慮がちに言うのは、きっとインターハイの予選期間中だからなのだろう。 「黄瀬君こそ大丈夫?伝統ある海常高校のキャプテンさん?」 そういうと電話の向こうの彼は困ったように笑い 「もう!緊張するじゃないっスか!」 と抗議を口にする。 「ごめんごめん」と軽く謝罪すると「もう!」と拗ねたように声を返された。 「じゃあ、また時間とか確認して連絡するっスね」 黄瀬がそう言って通話を切った。 丁度午後の授業の予鈴が鳴った。 黄瀬の誕生日。 時間は昨年より少しだけ遅い。 やはり、環境が変わったからかとなんとなく納得した。 「ごめん、遅くなって」 駅から飛び出してきた黄瀬がそういう。 「大丈夫だよ」とが返すとにへらと笑い、「じゃあ、さっそく行くっスよ」と言っての手を引いていく。 「どこ行くの?」 「いいところっスー」 ぱちんとウィンクして黄瀬がいい、そのままの歩調に合わせて歩いていく。 行きついたのはごく普通の写真館だ。 「お仕事?」 「まさか」 肩を竦めて黄瀬が言い、そのままの手を引いて入っていく。 「じゃ、ちゃんは向こうっスから。お願いします」 そう言って店員と思われる女性にを託して黄瀬は別室向かって行く。 「え、黄瀬くん?!」 「さあ、こちらへ」 状況が飲み込めないが、取り敢えず、写真を撮るのだろうということはわかった。 写真館ということは、プロの人が取るということで。 そして、部屋を分けて準備ということは着替えがあると予想される。 部屋に入って、目に入った衣装を見て「え...」とは声を漏らした。 自分が予想していたものと違っていたからだ。 (絶対にウェディングドレスだと思ったのに) 実際の婚姻は無理でも、形だけでもと言いそうな気がしていたのだ。 そして、それを何となく期待していた自分に困惑しつつも、案内された衣装を着た。 印象としては、中世風のドレスだ。ただ、少し派手さには欠ける。 メイクをされるというのにもいい加減それなりの慣れを感じているは大人しくされるがままだった。 店内のスタジオに向かうとすでに準備を終えたらしい黄瀬が立っていた。 「わー、可愛いっス!」 の側にやってきてひょいと抱え上げて言う。 「ね、これ。どういうこと?」 「ホントだよなー。絶対お嬢ちゃん困るぞって言ったのに絶対に今日、これがいいんだって聞かなかったんだよ」 聞いた声には少し体の重心をずらして黄瀬の背後を見た。 「こんにちは」とあいさつをする。 以前、黄瀬の撮影について行ったときに話をしたことがあるカメラマンがいた。 「いいじゃないっスかー。誕生日なんだからわがまま言っても」 「どうせお前の事だからいつも言ってんじゃないのか?」 からかう言葉に黄瀬はうっと詰まりに向かってそろりと視線を向けた。 「そんなことないですよ」 の言葉に黄瀬はパッと笑顔になり、 「たまにです」 というの言葉に 「何で落とすんスかー」 と情けない声を漏らした。 「あー、まあ。ゼロじゃないだろうな。ほら、お嬢ちゃんだって明日学校があるんだろ。早く済ませたほうがいいんじゃねぇの?」 カメラマンに促されて「そうっスね」と黄瀬は抱え上げていたを降ろした。 「緊張したぁ...」 どっと疲れたようにが言う。 「何でっスか?」 首を傾げて黄瀬が言う。 先ほどの写真館を後にして、夕飯のために駅前に向かっているところだ。 「だって、フラッシュ焚かれて、光の角度とか気にしながら写真撮られるとか、普通ないことだよ?」 「まあ、そうっスねぇ」 曖昧に頷きながら黄瀬はをちらと見降ろした。 との視線がぶつかる。 「え、と?」 何か物言いたげなに黄瀬は首を傾げる。 「んー、と。何でもない」 歯切れ悪いに首を傾げながら丁度手ごろな店を見つけて入る。 今年は黄瀬の誕生日プレゼントを用意できていた。 ずっと気になっており、今回はすぐに決まった。 「はい、プレゼント。誕生日おめでとう」 「わー、何スか?開けていい?」 うきうきしながら黄瀬が言い、は頷く。 「サポーター?」 「うん。膝の故障、癖になってるでしょ」 半眼になってが言う。 もちろん、黄瀬は膝にサポーターをつけてプレイしている。 すでに持っている物をさらにプレゼントするのはどうだろうと思ったが、大抵のプレゼントはそんなもんだと思うことにして、は開き直っていた。 「これ付けて試合出たら、あっという間に優勝じゃないっスかー」 嬉しそうに言う黄瀬には苦笑して「そう?」と返す。 食事を終えて黄瀬が「ちゃん」と畏まって名を呼ぶ。 「はい」 思わずも姿勢を正した。 「オレ、今日で18になりました」 「え?あ、うん。そうだね」 どぎまぎしながら、しかしそれを表情に出すことなくは頷いた。 「昔、オレ、約束してるの覚えてるっスか?」 「約束?」 「うん、18になったら迎えに行くって言ってたやつ」 (あれ、約束だったの?) 確かに桃井にからかわれたが、やはり戯言の類と考えるのが適当だろいう自分の中でそう整理した。 「うん、まあ。ただ、わたしそれを言われるたびに黄瀬くんが18になったら海外に逃げるって言ってたし。...約束、守ってないけど」 「や、それされたらオレ泣いちゃうから!てか、それ約束じゃないから!!」 黄瀬が慌てて指摘した。 「え、と。話し戻すっスね。それで、今日、写真撮りたいって思ったときに、せめて形だけでもって思ったんスよね。衣装。でも、何か、そんな上辺だけ取り繕って『約束果たしたよ』って何か違うというか..オレが嫌だったんスよね。だから、お姫様と王子様で手を打ったんス」 「うん?」 それもそれで凄い発想だ。 「14の時のオレは今のオレが大人で、きっとちゃんを迎えに行けるって信じてたけど。それはまだ無理だっていうことが18のオレは気づいたんス。だから、もうちょっと後のオレに約束を託すことにしたっス。だから、いつっていう約束は今はできないけど、待っててくれるっスか?」 黄瀬が問う。 とっさに言葉が出なかったはやがて「どうしようっかなー」と言う。 「えー!ちゃん酷い!!え、ねえ」 眉を下げて漏らす黄瀬の声には笑い、その笑顔を見て黄瀬も苦笑を漏らす。 「黄瀬くん、18歳の誕生日おめでとう」 「ありがとう」 の向けた笑みに、黄瀬も笑顔を返した。 |
桜風
14.6.18
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