| 大学に入って初めての夏。 8月に入り、黄瀬の家を訪れるとテーブルの上に花火大会のチラシが置いてあった。 「黄瀬くん」 「何スか。あ、そうだ。それ、行かないっスか?」 人気モデルのため黄瀬は外を歩いていると色々と声を掛けられる。例え隣にが居てもだ。 しかし、夜ならそれは軽減されるのではないかという考えがある。実際、夜になると声を掛けられる頻度は下がる。 「花火……」 「嫌い?」 「ううん、嫌いじゃない。高校の時も部活の皆と行ってたし」 「あー、ズルい」 笑いながら黄瀬が言う。 「あのね、黄瀬くん」 「うん」 「花火大会は行くとして」 「よっし!」 ガッツポーズをする黄瀬に苦笑を零し「花火がしたい」とが言う。 「花火?」 「うん、花火」 「手持ち花火の事?」 「それ」 頷いたに「良いッスよ」と黄瀬も頷く。 「みんなも呼んで」 「あ……」 ふと思い出した。中学時代に皆で縁日に行った。その後花火をしようという話になっていたが、その時は流れたのだ。 それから道を分かち、夏は皆忙しく今に至る。 「リベンジっスね」 「うん」 「じゃあ、日程調整しとくよ。ちゃんのバイトの入ってない日っていつだっけ?」 長期休暇はバイトなるものをするようになった彼女のスケジュールから確認する。 「夜は空いてる」 なぜなら夕飯を作らなくてはならないから。 多くの場合、バイトは夜に入ることが多いが、彼女の場合はその逆だ。 昼間にファミレスのバイトに入っている。 フロア担当だと聞いてすぐに見に行った。めちゃくちゃ可愛かった。 夏休みに入ったら毎日でも会えると思っていたが、そうもいかないのは少し残念だったが彼女も色々と頑張っているのだ。応援しなくては。 悪い虫が付かないように時々様子を見に行っている。おかげでそのファミレスは繁盛していると聞いた。貢献できているらしい。 日程を調整して皆の都合が付く日に時間と場所を指定して連絡した。 「ねえ、は花火には浴衣で行く?」 桃井から電話がかかってきて内容はそんなことだった。 「浴衣って動きづらいじゃない」 「えー……いいじゃない。浴衣にしようよ」 「さつきは浴衣で来ればいいよ。リベンジだし」 「あの時はお祭りがあったから浴衣でも全然浮かなかったんだよ。今回は花火するだけじゃない。ねー、一緒に浴衣にしようよ。きーちゃん喜ぶよ」 必殺『きーちゃん喜ぶよ』を発動してみるが意外と渋る。 「きーちゃん、浴衣好きじゃないの?」 「黄瀬くんの近所の花火大会に行く予定だから」 つまり、その時は浴衣を着るというのだ。 「さんの浴衣ね。おっけ、任せて」 「お母さん?!」 母親がまだ帰ってきていなかったため、子機を使い、調理しながらスピーカーで会話をしていたのが仇になった。 「つまり、さんは浴衣を花火大会しか着たくないっていうのは涼太君に同じ浴衣を見せるのは、乙女として……って思ってるってことでしょ?」 「面倒くさいが一番の理由」 「じゃあ、なんで花火大会には着ていくの?」 「……着てほしいって言われたから」 「さつきちゃん、聞いた?」 「はい! ちょっと電話してきます」 「ちょ……!」 止める間もなく通話は切られた。 「お母さん」 「ただいまー。あたしの浴衣があるから大丈夫よー。何なら買いに行く?」 楽しげに声を掛けてくる母親に「手洗いうがい」と洗面所を指差して促した。 その間に携帯が鳴る。 「はーい」と間延びして出ると向こうで苦笑の気配がした。 「浴衣、着てこないんスか?」 「そのつもり」 「着てほしいなー」 「もう!」 が折れることをわかって言ってるのが悔しい。何が悔しいって折れる自分だ。 「今度の花火も花火大会も同じ浴衣でも大丈夫っスよ」 「ぬかりなくってよ。大丈夫」 「お母さん」 今度はスピーカー機能を使わず、携帯を耳に当てて話をしていたのに勝手に話に入ってきた。 眉間にしわを寄せて抗議をしてみるがどこ吹く風の母親に溜息を吐いた。 「涼太君、迎えに来てくれるんでしょう?」 「勿論っスよ」 「じゃあ、安心だ」 なぜか携帯を取り上げられてしまい、そのまま楽しげな会話が目の前で繰り広げられている。 ふと振り返った母が噴出した。 「どうしたんスか?」 「さんがやきもち妬いてる」 「えー! 見たいっス」 「ざーんねん。そろそろ涼太君返すわ」 笑いながら携帯を返してきた母を軽く睨み、「じゃあね」と言って通話を切った。 「えー、もっとお話ししちゃいなさいよ」 「夕飯、遅くなるよ」 「涼太君の犠牲は無駄にしません」 言いながら母がテーブルに着く。 食事の支度を終えてもその向かいに座った。 「いただきます」 二人で手を合わせて食事を始めた。 なお、自室に戻ったがみた携帯には黄瀬から慌てた様子のメールが入っており、溜息を吐いた彼女は黄瀬にダイヤルした。 花火当日は、桃井が宿泊セットを持って家にやってきた。 「夜だし、泊まっちゃいなさいよ」との母親の提案に甘えたという形になった。 「あれ、きーちゃん」 玄関に大きな靴があったため、きっと来ているのだろうと思ったが彼が一人でリビングで寛いでいる状況だった。 「は?」 「今日はバイトが入ってるから、そろそろ帰ってくるはずっスよ」 「、バイト上手くいってるのかな?」 彼女がバイトをしているのは聞いているし知っている。だが、様子を見に行ったことはない。 「んー、可愛いっスよ」 「涼太君、結構足しげく通ってくれてるみたいでねー。お店の売り上げが上がってるってさん言ってるのよ」 桃井を招き入れたの母がコーヒーサーバーから自分と桃井のコーヒーを入れる。 コーヒーサーバーにコーヒーを用意したのは黄瀬だ。 「きーちゃん、結構この家に馴染んでるね」 「そうっスね。お義母さんに受験勉強見てもらったし、もう勝手知りたるって感じっスかね」 「旦那の前でそれいってみて」 うふふと笑っての母親が言うと「嫌っス」と辟易とした表情で黄瀬が返した。 「おじさん、相変わらずなの?」 黄瀬は肩を竦めるだけで明言は避けた。 「ただいまー」とドアが開くと黄瀬が立ち上がり「お帰りっスー」と玄関までを迎えにいく。 「きーちゃん、私の時には来てくれなかったのに」 「まあまあ」 桃井の呟きを耳にして苦笑しながらの母が宥めた。 「あ、さつき。いらっしゃい」 「さん、今日の夕飯は何を食べたらいいの?」 「はいはい、今から作るから」 の言葉に桃井は眉をあげる。 「間に合うの?」 「うん、大丈夫。下ごしらえはしてるし」 一度部屋着に着替えたが台所に立つ。曰く、彼女の城。 「二人も何かおなかに入れる?」 「大丈夫?」 「食べるっス」 「ホットケーキでいいかな?」 「やだ、あたしだって食べたいわよ」 先ほど冷蔵庫から缶ビールを取り出したの母親が主張する。 「お母さんは夕飯の前だからダメ」 「えー、けちー」 不満を口にしてビールも口にする。 桃井と黄瀬にホットケーキを作り、二人が食べ終わったころに夕飯も出来上がった。 「さて、さつき着替えよう」 「ほんと、もうこんな時間」 「いってらっしゃーい」 ご機嫌な母が客間に向かって行く二人の背に手を振った。 「で、涼太君はどっちの浴衣を選んだの?」 「見てのお楽しみっス」 桃井が浴衣を新調するといい、もそれに付き合うことになった。 だが、さすがに二枚新調するのは気が引け、一枚は母のお下がりとすることにしたのだ。 和服は多少大きくても何とかなる。 先ほどの母は客間に浴衣を二枚用意した。 そして、黄瀬に選ぶように言ったのだ。選ばなかった方は側に置いている紙袋に入れておくようにと言って部屋を出た。 だから彼女は黄瀬がどちらを選んだのか知らない。 先にリビングにやってきたのは桃井だった。 「おー、桃っち可愛いっスね」 「ありがとう、きーちゃん」 にこりと微笑んで桃井が応じる。 「涼太君ってさらっと女の子を褒められるっての凄いよね」 しみじみとの母が言う。 「あー、そうっスか?」 だが、褒める相手は少ない。 勿論リップサービスはするが、大抵の賞賛に心がこもることはあまりない。 ふと自覚するこの性格。時々この家にいることが夢のようだと思うことがある。 この家は基本的に本音で構成されている。だから居心地がよく、また居場所がないと感じることもある。 「きーちゃん?」 「何スか?」 ふと黙った黄瀬の様子が気になり、桃井が顔を覗き込むとにこりといつもの笑顔があった。 「ちゃん、早く出てこないっスかね」 「あー、そうだ。今日ね西瓜買ったから花火終わって時間がある子たち連れておいで」 そういえば先ほどが冷蔵庫を開けた途端「なにこれ」と呟いていた。それなのだろう。 ほどなくがリビングに姿を現した。 「あら、向日葵の方」 「お母さんが用意してくれたんじゃないの?」 「涼太君の好み」 「わー、やっぱりよく似合うっスね!」 満面の笑みで黄瀬が言う。 「……なるほど」 友人を褒めるのと恋人を褒めるのとでは温度が違う。友人であっても褒めすぎるとがやきもちを妬くぞと思っていたがそんなことはなさそうだ。 「さて、出かけようか」 の言葉に二人は頷き、「いってらっしゃーい」と二本目の缶ビールのプルトップを上げながらの母が声を掛けた。 待ち合わせの河原には緑間と黒子の姿があった。 「会話なさそう」 遠くからそのようを目にしたが呟くと「そうっスねぇ」と黄瀬は苦笑した。 「テツくーーーーーーん!」 駆けだした桃井を目にしたと黄瀬は顔を見合わせてその後を飲んびりと追いかける。 「早かったね」 「青峰と紫原は遅刻するとして、赤司が遅いのは意外だったのだよ」 「時間には来ると思うけど」 「来たよ」 の背後から声が聞こえた。 「久しぶり」 「ああ。君、わざわざ浴衣なんだね」 「まあ、あちらの要望で」 黒子に抱き着いている桃井に視線を向けながら肩を竦める。 「なるほど。それはそうとやはり大輝と敦は遅刻か」 「どうだろう。ま、時間になったら始めよ。そういえば、お母さんが西瓜買ってたから、時間があったら食べてって」 「お相伴に預かるよ」 「オレもー」 「あ、時間前」 「ちん、おやつは?」 「今日はバイトだったから作れなかったよ」 「ちん、なんのバイトしてんの?」 「ファミレスでフロア担当」 「キッチンじゃないんだね」 赤司の言葉には苦笑する。 「みんながお墨付きしてくれてるから、キッチンは避けてるの」 「どういうことだい?」 「夏休み限定のバイトって考えているからね」 なるほど、と納得する。 バイトを辞められなくなると困ると思っているらしい。 「では、君がバイトをしている間にそこに足を運んでおこうか」 「オレも行くー」 「おー、早いな」 「遅刻なのだよ」 「え、あ。本当だ。時間過ぎてる。さつきー、始めよう」 黒子と楽しげに話しをしている桃井に声を掛けて花火の準備を始める。 花火は皆がそれぞれ持ち寄った。 量は多くなるだろうが、何となくだれがどんなものを持ってきそうなのか想像でき、被ることがなくすべて楽しめた。 「そういや、さっき紫原から聞いたんだけど。この後んちで西瓜食うんだろう?」 「時間のある人は、ということだけど。何?」 「だったらんちで花火すりゃよかったじゃねぇか」 「うち、住宅街だもん。大騒ぎしたら迷惑になるの。それに、これはいつかのリベンジだから」 「ふーん……まあ、んちだったらこんなことできないだろうしな」 そう言って青峰はニヤリと意地の悪い表情を浮かべてロケット花火を手にした。 「人に向けちゃだめだよ」 が言うが青峰は「向けた先に人がいたんだよ」と未来の事を口にする。 「青峰っち! それは人に向けたらいけないんスよ!」 勿論ターゲットになったのは黄瀬だ。ものすごい速さで逃げているが、追いかける方のスピードも侮れない。 「相変わらずですね」 「もう線香花火突入?」 「はい。さんもどうですか?」 「じゃあ、お呼ばれしちゃおうかな」 黒子が買ってきた花火は線香花火のみだった。 少し離れたところでは大きな噴出花火に火をつけている紫原の姿があり、桃井は黄瀬を追いかけまわしている青峰を窘めている。 「変わりませんね」 黒子がポツリと零す。 「……中学生の時と変わらない大学生ってどうなのかな?」 が返すと彼は噴出した。 「そうですね。もう少し落ち着きというものが身についてもいいと思うんですけど」 「でも、私はこの空気好きよ」 「同感です」 「あー!ちゃん、黒子っちと何の話をしてるんスか」 「ないしょ」 「はい、ないしょです」 二人は顔を見合わせて笑った。 花火の後始末をして皆での家に向かう。の家に向かっているのに先頭が紫原という不思議な状況になっている。 寮の門限など気にしたが、外泊届を出していると皆全力で遊ぶ気満々だったようだ。 「リベンジ成功っスね」 の隣で黄瀬が呟く。 「うん、楽しかった―」 満面の笑みで言うに黄瀬は笑顔を向ける。よかった、と安心する。 「でも、オレあんまちゃんと花火できなかったっス。青峰っちのせいで」 不満そうに頬を膨らませる黄瀬には笑って「また今度うちでやろう」と誘う。 「いいんスか?」 「ん?」 「住宅街だからってさっき青峰っちと話してなかったスか?」 「ああ。だって、このみんなが揃ったら大騒ぎになることがわかってたからウチではできないって話でそうじゃないなら大丈夫だよ」 そういう意味か、と納得する。 「じゃあ、今度はお義母さんも一緒に」 「お父さんは?」 「……一緒に」 少し間を空けて返した黄瀬には「楽しみね」と笑った。 |
桜風
17.11.8
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