| 今日は休日の部活で、午前から午後にかけて長時間ある。 つまり、昼食のための休憩を挟むことになる。 は食堂の隅に陣取って弁当の蓋を開けて手を合わせた。 「いただきます」 「もーらい」 「おい!」 これから食べようと思っていた弁当のおかずがひとつ誘拐され、そのまま青峰の口の中に連行された。 二度と帰ってこない。 いや、返されても困るが... 「もう!何で見つけるの!!」 がむくれながら見上げて訴える。 「そんなに見つかりたくなきゃ、テツにミスディレクションを教えてもらえよ。これも貰うぜー」 「うわ!」 どんどんおかずが消えていく。 しかし、は心の中ではにやりと笑っていた。 (そんなの計算済みよ...!) どうせ青峰に見つかっておかずがどんどん減っていくのは目に見えている。 普段の学校生活でもそれをされているのだ。 部活だからと言って手を抜くとは思えない。 だから、おかずだけはまた別のタッパーに入れて持ってきている。 青峰がいなくなったらすかさずそれを出そうと思っていたのだ。 「んじゃ、ごっそさーん」 は弁当を見る。 「青峰ぇ...」 唸った。 本当に『遠慮』というものを知らない。 野菜、トマトとかブロッコリーとかそういうのを除いて彼は全部食べていった。 はひとつも「いいよ」と言ってないのに。 しかし、奥の手を持ってきていたので、は気持ちを切り替えて改めて昼食を摂ることにした。 「いただきます」 改めて手を合わせて箸を伸ばした。 「おいしそうっスね」 振り返ると黄瀬がいた。 「あ、うん。あれ、黄瀬くんのご飯は?」 「もう食べ終わったっスよ」 そう言って黄瀬はの隣に座る。 じっと弁当箱の中を覗く黄瀬の視線が気になり、「何か食べる?」とは聞いてしまった。 「いいんスか!」 弾んだ声で言われてはぎこちなく頷く。 「じゃあ、その卵焼きが食べたいっス」 そう言って口をあける。 「え...」 は絶句した。 絶句したが、ひな鳥が親鳥から餌をもらうために待っているのだ。親鳥よりも遥かに大きいひな鳥ではあるが。 「えっと、はい」 は卵焼き、正しくは、だし巻き卵だが、それを箸で半分に切って黄瀬の口の中に放り投げた。 「わ、美味しいっス!」 「それは、どうも...」 そう返事をしては先ほど黄瀬の口に放り投げただし巻き卵の残り半分を口に運ぶ。 確かに、美味しい。自分でも納得の味だ。お弁当用だから、冷めても美味しくなくてはならない。 「ちゃんって、家でもよく料理するんスか?」 「うん。基本、平日は大抵夕飯作ってる」 「そうなんスか?」 驚いたように黄瀬が眉を上げ、何だか幸せそうに目を細めている。 それからなぜか戻ってきた青峰におかずをまた取られた。今度は紫原も一緒で、おにぎりも取られる。 「ちょ!青峰っち、紫原っち!ちゃんのお昼ご飯がなくなっちゃったじゃないスか!」 黄瀬が言う。 「そーなの?」 紫原が首を傾げた。 「うん、なくなった」 (まだあるけどね!) 念には念を、ということではサンドイッチも作ってきていた。 それが本当の本当に最後だ。 「そっか、残念だね」 紫原はそう言っていなくなった。 「...え」 黄瀬が絶句した。その言葉だけでいなくなるとは思ってもいなかった。 も苦笑した。 「何か買ってくるっスか?さっきのお礼にお遣いするっスよ」 黄瀬が言う。 「ううん、大丈夫。こんなこともあろうかと」 そう言ってはバッグの中からまた別のタッパーを取り出した。 「え、どれだけ持ってきてるんスか...」 黄瀬が苦笑している。 「青峰という名の悪魔がいる限り、わたしの昼食に『平穏な時』という言葉は無いからね」 そう言ってタッパーの蓋を開けた。 「わ、これも...」 黄瀬の目には輝いて見えた。 「美味しそうなのだよ」 目の前に立って緑間が言った。 「あれ、もう食べ終わったの?」 「『もう』というが、あと少ししか時間がないのだよ」 そういわれてはハッとした。 青峰対策ばかりが頭にあって、時間を確認するのをすっかり失念していた。 じっと緑間がの手元を見ている。 「えっと、要る?」 が問う。 「いいのか?!」 「緑間っち、意地汚いっスよ!」 自分のことを棚にあげて黄瀬が言う。 「俺ももらっていいかな」 不意に現れた赤司も言う。 緑間が良くて、赤司がダメという理由が見つからない。 「1個ずつだからね」 念を押してそれぞれ好きなのを取らせた。 「このソースも君の手作りかい?」 赤司が問う。 「うん」 「凄いな...」 緑間が思わず感嘆の声を漏らした。 では、とがひとつ手に取るとその腕を取られて、グッと高いところに持っていかれた。 「何だ、サンドイッチも持ってきてたのかよ」 の手にあったサンドイッチを横取りした青峰がもぐもぐと咀嚼しながら言う。 「うめぇ!」 「ほんとー」 紫原も戻ってきた。 「ちょ!青峰っち!!今日、どんだけちゃんのお弁当横取りしたら気が済むんスか!」 黄瀬が訴える。 「どういうことだ?」 赤司がを見下ろした。 「ちゃんと残してたじゃねーか。トマトとブロッコリー」 「それって、自分が食べたくないから残したんじゃないスか!」 黄瀬が突っかかるが、青峰はどこ吹く風だ。 そのまま紫原と共にタッパーの中を空にしていなくなった。 「」 緑間がサンドイッチをちぎって渡す。直接かぶりついていたので、さすがにそのままでは返せない。 「すまない、そんなこととは知らなかったのだよ」 半分返してきた。 「俺も」 と赤司も返してくる。 「ごめんね、せっかくあげたのに...」 は素直に受け取って食べた。 ただし、それぞれ一口ずつで終わった。 「やっぱ、何か買ってくるっスよ!」 そう言って黄瀬が駆け出し、緑間も「飴か何か持ってきていたと思う」と言っていなくなった。 は見事に、青峰と言う名の悪魔に完敗を喫した。 家から持ってきたドリンクボトルに口をつける。 「それは?」 「野菜ジュース。少しは栄養の足しになると思う」 苦笑してそう返した。 「俺は正直野菜ジュースは好きじゃないが、君はそうでもないのか?」 「市販のは、微妙かなー」 そう言ってまたボトルに口をつける。 「それも手作り?」 「一応」と頷くのそれを赤司は一口貰った。 「飲みやすいな...」 目を丸くして赤司が言う。 「そう?...黒子くんも飲んでみる?」 凄く興味があるような雰囲気でこちらを見ていた黒子には声を掛けてみた。 「いいんですか?」 「うん、いいよ。もうこの際何でも」 苦笑して頷くと赤司が黒子にボトルを渡す。 「いただきます」と言って黒子がそれを飲む。 「...めっちゃ美味しいです」 (黒子のこんな表情初めて見たな...) (黒子くんもこんな表情するんだねぇ...) 珍しい、黒子の輝く表情を見た赤司とはそれぞれ何だかちょっと得した気分になった。 やがて、練習再開の時間となる。 は、緑間からキャラメル一箱を貰い、黄瀬からは栄養補助食品のウェハースを貰い、何とか空腹をやり過ごした。 この日が、後に帝光中学バスケ部のフィジカルとメンタルを支えたと噂されるマネージャーの本当のはじまりだった。 ...かもしれない。 |
桜風
12.8.26
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