| 練習が終わって帰宅の途につく。この季節の夜は何だか他の季節に比べて静かな気がする。 だが、今静かなのは季節だけのせいではない。 ふと空を見上げると星が瞬いていた。 けれども、見たかったのはそれではなく... 「黒子くん」 声をかけられて振り返った。 「さん」 自転車を押して早足にやってくる彼女の名を呟く。 彼女は、数ヶ月前に彼にとって特別な存在となった。 否、特別な存在だったことを自覚した。 それは誰も知らないことで、彼自身、誰かに言おうとも思っていない。 「よかった」 追いついた彼女は自転車を止める。 黒子も足を止めた。 「はい、これ」 そう言って渡された紙袋の中身は何かがわからない。 「さん、これって...」 少しだけ期待した。 「この間、探してた本よ。ウチにあったの。両親共に持っててね。お母さんって本はマーカー引きながら読む人だから誰にもお古をあげられないけど、お父さんは綺麗に読む人なの。こっちはお父さんの方。良かったらどうぞ」 「そうですか」 少しだけ沈んだ声音で応じてしまった黒子に 「あ、もしかしてもうどこかで見つけてた?」 と彼女は少し残念そうに言う。 「あ、いえ。まだです。ありがとうございます」 勝手に期待して勝手にがっかりしてしまうとはとても失礼だ。 反省しながら慌ててそう返す。 「そう。じゃ、また明日ね!」 そう言って彼女は自転車に跨り風を切って自宅へと向かっていった。 10日前。その日の練習は午後からだった。 だから黒子は空いた時間の午前を使って買い物をしていた。 正月のうちに読んだ本が凄く面白くて、だから、同じ作者のとある本を探していた。 だが、その本が中々見つからない。書店で聞いてみると既に絶版になっていて、古書店を回ったとしても、元々出版数が少ないからプレミアムも付いているし、見つからないだろうとも言われた。 それでも何もせずに諦めるのは性に合わない黒子は空いた時間があれば古書店を回っていたのだ。 「あれ、黒子くん」 店を出たところでばったり出会ったのが、つい9ヶ月前にチームメイトになっただった。 「さん」 「どうしたの?」 「読みたい本があるんですけど、元々出版されていた数が少なかっものなので、中々見つからなくて...」 「図書館とかは?」 の問いに黒子は首を横に振る。 「じっくり読みたいんです」 つまり、返却期限が決まっていると自分が好きなだけ堪能できないからいやだと言うことなのだろう。 「そっか。なんて本?」 が問う。 「これです」 そう言って、持ち歩いている同じ作者の本を取り出して、著書一覧のひとつを指差した。 彼女はそれを見て著者名とタイトルを一度呟いた。 「じゃあ、わたしも気に掛けておくよ。見つけたら声を掛けるね」 「ありがとうございます」 そのやり取りの延長で彼女は黒子に本を渡した。ちょうど、タイミングよくこの日に。 「テツ君?」 覗うように声をかけられた。 「あ、桃井さん」 「テツ君、誕生日おめでとう!」 そう言ってチェック柄の手提げ袋を差し出してきた。 「ありがとうございます」 素直にそれを受け取る。 「今の、も...テツ君に誕生日プレゼント?」 あまり踏み込んではいけないと思いつつも、気になって仕方ない桃井は思わず問うた。 「いいえ。この前から探していた本が見つかったので、譲ってもらっただけです」 「誕生日プレゼントじゃなくて?」 「さんは、たぶん僕の誕生日を知りません」 苦笑して黒子が言う。 「そっか。あ、えと。途中まで一緒に帰らない?」 少し上ずった緊張した声音で桃井が言う。 「はい」と黒子が頷くと「ホント!?」と彼女は弾んだ声で確認する。 「はい」と黒子が再度頷く。 ********************* それから3年のときを経て、そのときの話を聞かされたは視線を彷徨わせる。 「覚えていませんか?」 「え、えーと」 (冬なのに、何だろうこのいやな汗...) 部活帰り、並んで歩いているときには黒子に誕生日プレゼントを渡した。 同じクラスなのだから朝のうちに渡しても良かったのだが、荷物になるからという配慮でこのタイミングにした。 しかし、黒子にしてみれば中々焦らしてくれたという印象で、だからちょっとだけ意地悪をしている。 「さんは、本当に僕なんてどうでも良かったんですね」 「えーと...そんなことないんだけど」 (あまりにインパクトが強い同級生が多すぎただけだと思う) そして、これは言えないのでは言葉を探す。 だが、見つかるはずのない言葉だ。 クスリと頭上で笑い声がした。 は見上げる。 「少し意地悪をしてしまいましたね」 「もう!」 そう言って拗ねたに黒子はにこりと微笑む。 「拗ねないでください。残念だったのも、本当です」 「うん、ごめん」 「大丈夫です。でも、今日のことは忘れないでくださいね」 「大丈夫、ちゃんと覚えてる」 にこりと微笑んだに黒子は彼女の唇にそっと触れる。 「ちょ、黒子くん!」 「今のキスも忘れちゃダメですよ」 「...ばか」 そう呟きつつも頷いたに黒子は目を細める。 「寒いですねー」 「...そうだねー。明日から2月だもんね」 吐く息は白く、繋いだ手から伝わる体温は、先ほどより少しだけ高くなっていた。 |
桜風
13.1.31
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