アフター・グラデーション





試験期間中は部活が出来ない。

その反面、委員会活動は相変わらずで。

さらに放課後の図書室は大盛況だ。

は何とか、図書室の隅っこの自習スペースの席をひとつ確保して百科事典を開いている。

記憶するつもりはないが、興味があるものは自然と記憶されるのだ。

そのため、は意外と雑学クイーンでもある。


さん」

こそっと黒子が声をかけてきた。

が図書室にいるのは、今日は黒子が図書当番だから。

一緒に帰るのに、待っているためここにいる。

「なに?」

「すみません、僕もうちょっとかかりそうです」

そろそろ下校時刻になる。

つまり、図書館も閉める時間のはずだ。

「ん?」

「実は一緒の当番だった人が、今日は塾で早く帰らなくてはならないらしく、鍵当番を引き受けたんです」

「なるほど」

「だから、下校時刻になってから僕は図書室で自習している人たちに帰ってもらって、窓の施錠を確認してドアの施錠をして職員室に鍵を返しに行く必要があるんです」

「凄く分かりやすい」

が頷いた。

「だから、その...」

「じゃあ、教室に移動しておくよ。どの道すぐに帰れないなら」

そう言ってが立ち上がる。

「すみません」

「どうして?気にしなくて良いのに」

は苦笑して百科事典を元の場所に戻して教室に向かった。


いつもは野球部の声が響く廊下も、今日はさすがにそれはない。

「静かだねー」

学校に遅く残っているときは、部活があるときだけ。

これは中学の頃からそうだった。

教室に戻って自分の席に着き、頬杖をついて外を眺める。

もう梅雨に入る。

(そろそろロードワークができなくなるなー...)

今でも部活中は一緒に走らせてもらっている。

1年はなぜマネージャーが走るのかと驚いていた。

今年入ったマネージャーも、自分も走る必要があるのかと慄いていた。

しかし、は趣味みたいなものだというと彼女たちは安心したらしい。

未だに黒子と最下位争いをしているだが、それも楽しいのだ。


鍵を職員室に返して教室に駆けて行った黒子の視界に入った風景は、ふと過去見たものと重なった。

こくりこくりと舟を漕いでいる彼女。

外は夕暮れで。

あの時と違うのは、季節と場所と、彼女への明確な想いがこの胸にあること。

の前の席に座って黒子は鞄から文庫を取り出した。

外の灯りを頼りに本のページを捲る。

「ん...」

ガクンと肘を滑らせて彼女は目を覚ました。

「おはようございます」

黒子が声をかけると少しだけ寝ぼけた表情で彼女は彼を見上げた。

クスリと笑って、キスをする。

すると彼女はガタタと椅子から立ち上がった。

「黒子くん?!」

「はい」

「...おはよう」

挨拶をした彼女に黒子は噴出した。

「おはようございます」

勢い良く立ち上がったせいで、後ろの席の机も倒してしまった彼女は慌ててそれを戻していた。

「わ、こんな時間」

「帰りますか?」

「うん。起こしてくれても良かったのに...」

が言うと

「せっかくさんの寝顔を見られるチャンスなんです。勿体ないじゃないですか」

と黒子が返した。

「本を読んでたくせに」

が返すと

「だって、ずっと見てたら...ね?」

と黒子が言う。

『ね?』に込められた何かを察したは真っ赤になった。


階段を下りながら黒子が「さん」と手を繋いで隣を歩く彼女の名を呼ぶ。

「なに?」

「覚えていますか?中学の頃、さんが教室で寝てて。僕はさんに上着を貸したんですけど、そのまま今度は僕が寝てしまって、さんは僕が起きるのを待っててくれたんです」

そんなことを言われては記憶を辿る。

「んー、ごめん」

特に記憶しようと思った出来事ではなかったので覚えていない。

「そうですか」と黒子は少しだけ落胆した。

「あの時、僕はさんへの想いに自覚したんです」

黒子に言われては目を丸くした。

「え、中..2のとき?」

「はい」

黒子が頷く。

「ええーー!!」

階段に響くの驚きの声に黒子は目を丸くして「しー」と人差し指を口に当てた。

下校時刻をとっくに過ぎているので、教員に見つかるとお説教が始まるはずなのだ。

「ご、ごめん...」

「いえ。けど、そんなに驚くようなことですか?」

拗ねて黒子が問うと

「だって、随分前じゃない」

が返す。

「そうでしょうか。まだ2年半ですよ」

「全然気付かなかった...」

呆然とが言う。

「そうですね。そんなに気付いて欲しいとは思っていませんでしたし」

「そうなの?」

「ええ、あの時までは」

「そうなんだー...」

靴箱で靴を履き替えて校門へ向かう。

は黒子と帰るときは歩きにしている。

理由は、黒子に「手を繋ぎたいです」とお願いされたから。

一緒に歩くために自転車を押せば、両手が塞がる。手が繋げないのだ。

2人で歩くといつもよりもゆっくりになる。

帰り道となるとなお更だ。

「もう少しで試合ができるね」

今年はシードだから試合数が少ない。

「試合が少ないのはちょっと物足りません」

拗ねたように黒子が言う。

「半月前に国境を越えてしてきたじゃない」

「ええ。楽しかったですね」

「そうだねー」

が頷いた。

「今年はIH行きたいね」

「連れて行ってあげます」

の呟きに黒子が力強く言った。

「バスケ部の皆で、行きましょう」

付け足した言葉は正しくて、は笑った。

「うん、行こうね」

黒子の手をキュッと握ってが頷いた。









桜風
13.2.6


ブラウザバックでお戻りください